霊長類研究 Supplement
第27回日本霊長類学会大会
セッションID: P-34
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ポスター発表
アジルテナガザルの成年期にはじまった布を使った水のみ行動
*打越 万喜子
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抄録
 テナガザル類はヒト上科に属し、ヒトの生物学的な基盤をさぐるうえで重要な位置を占めている。系統的にヒトに近いものの、ヒトを特徴づける行動のひとつとされてきた道具使用が、テナガザルではこれまでに4例ほどしか報告されていない。これについては大脳新皮質の相対的なサイズやExtractive Foragingを必要としない採食環境があることなどの様々なレベルの要因が指摘されてきた。しかしながら、テナガザルの認知能力を検討した研究がそもそも少ないことを考えると、データが不十分である可能性もあり、現状では1例でも多く積み上げる必要がある。本研究は、京都大学霊長類研究所でうまれたアジルテナガザルの雄2個体を対象に、生後より12年間の縦断的な観察をおこなった。母親に不適切な育児行動がみられたので、生後2週齢から2歳頃までは人工哺育を受けた。日常場面で観察された対象操作行動のレパートリー名、時刻、操作した物体をそれぞれ記録した。道具使用を強化するトレーニングはおこなっていない。結果は以下の通りである。両個体において、道具使用の基礎となる物と物とを関係付ける行動は生後2歳より継続的にみられていた。生後9歳6ヶ月になってはじめて、自発的な道具使用行動が1個体にみられ、計16エピソードが確認された。生起した文脈はノズルからの水飲み場面で、布類をノズルに当てて水を含ませて摂取するというものだった。タオル、軍手、バスマットなどの複数種類の物を使用した。もう1個体では、身体へ定位する物体利用は観られたものの、そのゴールは明白でなかった。以上、限られた事例ではあるが、テナガザルの道具使用について肯定的な証拠を提出した。本事例は飼育下の特殊なケースなのだろうか。飼育下で手がフリーになる時間が多くあったために、野生の個体よりも手指の巧緻性が増えていた可能性は否定できない。2つの先行研究でも布や葉を使う水飲みの記述があるので、同文脈で野生のテナガザルが同様の行動をしている可能性はあるだろう。対象個体の道具使用行動の初出齢は、成年期に相当すると考えられる。行動の有無のいかんのみでなく、発達のタイミングの種差を検討することで、道具使用に関係する領域の進化が考察できるだろう。今日でも幅広い動物種での道具使用の発見が続いており、野外を含む多様な環境にすむテナガザルの観察により新発見が期待できる。
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© 2011 日本霊長類学会
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