抄録
孤立やサイズ縮小は個体群の遺伝的多様性を減らし,絶滅リスクを増す要因になると考えられている.しかし,野生個体群の適応度変化を調査する方法は確立されておらず,霊長類研究でも新しい方法の開発が必要である.本研究では,マカク第4染色体に位置し,免疫や抗病性を通じ適応度と関わりが深い主要組織適合遺伝子複合体(MHC)領域の遺伝的多様性につき,マイクロサテライト座位を標識に検討した.MHCクラスI領域にある6座位(MHC座位)およびその他のゲノム領域にある20座位(non-MHC座位)を対象に,フラグメント分析で個体の遺伝子型を判定した.分析は,宮崎県幸島個体群(48個体),幸島以外の宮崎全県個体群(複数群,220個体),滋賀県大津E群(単一群,39個体)につき行った.MHC座位とnon-MHC座位のそれぞれについて,対立遺伝子数(k)とヘテロ接合率(H)を求め多様性の違いを比較した.平均値では,幸島個体群が,MHCとnon-MHCのいずれでも他より低い多様性を示した.宮崎全県個体群と大津E群では,指標やゲノム領域により,多様性の関係が異なっていた.一方,座位平均値でnon-MHCに対するMHCの比を比べると,幸島個体群(k比0.87,H比1.01)に対して,宮崎全県個体群(k比1.39,H比0.91)と大津E群(k比1.21,H比0.99)では,k比とH比の大小関係が逆転していた.以上の結果より,島嶼隔離にある幸島個体群では遺伝的多様性の低下とともに,MHC領域の遺伝的多様性の変化が他個体群と異なることが示唆された.MHC領域のマイクロサテライト座位の多様性を区別し比較する方法が,野生の霊長類個体群の遺伝的多様性変化と適応度変化および絶滅リスクの関係を調査するのに有効な方法になるか,今後さらに研究事例を増やし,個体群パラメータとの関係も検討して検証する必要がある.