抄録
アジアゾウ(Elephas maximus)は,母系集団を中心として離合集散を行い,霊長類や鯨類と並んで高度で複雑な社会を形成すると言われている(Sukumar, 2003).鼻先で他個体の体を触る行動は,アジアゾウの社会交渉のなかでも最も頻繁に見られるものの1つであるため,個体間での社会関係の形成において重要な役割を果たしていると考えられる.しかしこの行動ついての記述は多いものの,その機能を詳細に調べた研究はない.本研究では,鼻先での接触行動の機能を明らかにすることを目的とした.
調査は,タイのスリン県,タクラン村にあるエレファント・スタディー・センターで,2012年 7月~ 9月と 2012年 12月~ 2013年 3月に行った.同センターで飼育されている約 200頭のゾウのうち,現地で行われているボランティア・プロジェクトに参加している 10頭のメスゾウを観察対象としたとした.プロジェクトに参加しているゾウたちは決められたスケジュールに従って,毎日 3~ 6時間ゾウ使い(マフー)やボランティアと共に村周辺で散歩を行ったり,村内にある放飼場で水浴びや採食をして過ごす.この間に,対象個体が関わったすべての社会交渉を個体追跡法で観察し,行為者と受け手,交渉時の姿勢,マフーからの号令を記録した.
観察の結果,鼻先での接触行動は口や生殖器に集中し,とくに口への接触が顕著であった.口への接触方法には,鼻を U字型にして下方から触る Aタイプと鼻を曲げた形にして横から触る Bタイプの 2つが見られた.Aタイプはゾウが興奮したときに頻度が高くなったが,興奮時に Bタイプの接触はほとんど観察されなかった.また,Bタイプは Aタイプに比べ交渉の前後に攻撃行動が起こりやすく,交渉時に行為者が威嚇の姿勢を取ることが多いことが明らかになった.結果から,Aタイプは親和的な交渉であり,Bタイプは相手を威嚇する行動である可能性が示唆された.