主催: 日本霊長類学会・日本哺乳類学会大会
テナガザル類には 4属 10数種~ 17種が認識されており,形態や遺伝的な特徴のほかに歌声も多様であることが知られている.大人 ♀の発声レパートリーのひとつ,グレートコールは種を識別する際の指標のひとつとなっている.テナガザル類のなかで,様々な組み合わせで交雑が報告されているのだが,野外では 3つの,飼育下では少なくとも 13の組み合わせが知られている.ハイブリッドの歌の事例研究の蓄積から,ハイブリッドは両親の種のいずれとも異なる歌をうたうこと,歌のある側面は遺伝的に決定づけられていること,そのグレートコールは両親のものの中間的なものになること,両親のもたないレパートリーを持つケースがある,などいくつかのルールが提唱されていた.本研究では,テナガザル類の中では系統的に一番遠縁の組み合わせである,シロテテナガザルの母親とホオジロテナガザルの父親からうまれた子1個体を対象に,この個体の歌が前述のルールに従うものであるかどうかを検討する.国内の類人猿の個体データベースづくりの一環として,その行動特性を記録し保存することもねらいにしている.対象はチビシロと名付けられた 28歳の ♀で,観察は現在所属のいしかわ動物園で計 25時間おこない,それ以降も追加データをとっている.音声のレパートリーと,比較的長い声についてはその持続時間や基本周波数の輪郭などを調べた.結果,対象個体の音声は,両親の種のどちらのグレートコールのものよりもノートの持続時間と高低差が小さい,“シンプル “なものだった.両親の種にはない声のレパートリーも確認した.なお,歌の生起頻度は,きわめて低い可能性がある.対象個体の発声が,歌の機能をはたすのに十分なものかどうかは不明である.対象個体を継続して観察することで,より複雑な音声を記録できる可能性があるだろう.また,歌以外の行動特性もどうなっているのか,今後検討したいと考えている.