抄録
南アルプスでは,高山・亜高山帯へニホンジカが侵出し,高茎草原やシラビソ林等の植物群落へ過度の影響を及ぼしている.高山植物保護のため,不明な点の多い南アルプス亜高山帯を利用しているニホンジカの行動を明らかにし,捕獲等の対策を講じていく必要がある.
そこで,2010~ 2012年に,聖岳南側にある聖平周辺と,椹島北側の千枚管理道路(特種東海製紙 _社有林管理道路)周辺で,麻酔銃及びくくりわなにより生体捕獲したニホンジカ 10頭(メス5頭,オス5頭)に,GPS首輪を装着して詳細な追跡調査を行った.
聖平で生体捕獲し追跡できたメス3頭は,11月に聖平を離れ,いずれも聖平から南西方向に 13km以上移動し,南アルプス深南部で越冬した.聖平 _6と8は一緒には行動していなかったが,近い場所で越冬した.聖平を利用しているメスが,南アルプス深南部と呼ばれるこの地域で多く越冬している可能性がある.しかし,越冬場所でも標高 1,800mより下に移動することはほとんどなく,越冬場所での捕獲はアプローチが大変で困難と考えられた.越冬場所へ向かう移動経路もアプローチしづらい場所であった.したがって,聖平での捕獲を模索していく必要がある.聖平へは5月下旬から6月の間に戻ってきた.聖平には5~6か月間滞在した.
千枚 No.1は,11月に捕獲地点から約 15km南の畑薙第一ダム左岸まで移動し6月に戻ってきた.夏季の位置データが回収できた4頭(千枚 _1,2,4,5)は,標高 2,300mより上まで移動していた.千枚 No.4は,荒川岳西カールに設置されたセンサーカメラで撮影された.得られたデータからは,10月中旬~5月中旬に小石下,椹島で捕獲を行うことで,夏季に奥西河内流域(荒川岳・赤石岳)の高標高域を利用している個体が捕獲できる可能性がある.