抄録
齧歯類において最大の咀嚼筋である咬筋は,表層,深層,内側層によって構成され,吻部まで伸長する層の違いに基づいて原齧歯型,リス型,ヤマアラシ型,ネズミ型という4つのタイプに分けられる(Brandt, 1855).ネズミ亜目(Carleton and Musser, 2005の分類に従う)では,トビネズミ上科の咬筋が発達した内側層のみが吻部に起始するヤマアラシ型であるのに対し,ネズミ上科の咬筋は深層,内側層ともに吻部まで延びるネズミ型に分類される.ネズミ亜目の系統進化においては,ネズミ型咬筋の方がより派生的な特徴と考えられる(Vianey-Liaud,1979).このような異なるタイプの咬筋への進化的な移行過程を知るためには,筋内部にみられる区画や腱膜の相同性を明らかにする必要がある.咬筋内部構造についてはネズミ上科で多くの研究がなされている一方,トビネズミ上科に関してはごく簡単な記載があるに過ぎない.そこで本研究では,トビネズミ上科に属するオオミユビトビネズミ(Jaculus orientalis)の咬筋を詳細に観察し,報告されているネズミ上科のもの(Satoh and Iwaku, 2008など)と比較をおこなった.これまでトビネズミ上科では咬筋表層と深層の分化が不完全であるとされていたが(Howell,1932; Klingener, 1964),起始腱膜・停止部位に基づき,ネズミ上科と同様に明瞭に区分することが可能であった.また咬筋深層は起始腱膜の異なる前・後部によって構成され,後部に2枚の起始腱膜,1枚の停止腱膜が認められるという特徴もネズミ上科と同じであった.本研究の結果から,ヤマアラシ型,ネズミ型という一見異なるタイプに分類されるトビネズミ上科,ネズミ上科の咬筋が,多くの共通する内部構造を備えていることが明らかになった.