抄録
洞爺湖中島に導入されたエゾシカ個体群は爆発的増加後に 1984年に群れの崩壊が生じた.その後再増加したが,崩壊後の個体数のピークが初回のピーク(2004年)を上回り,崩壊後に低密度で安定するという従来の有蹄類の爆発的増加モデルには当てはまらない挙動を示した (Kaji et al. 2009). その原因として嗜好植物の消失に伴いシカが新たな餌資源を開拓して,主要な餌種が変化したことがあげられる.
一方,餌種は高質から低質な餌へと変化し,これらは体サイズや体重および脂肪蓄積に負の影響を与えている.これらの生活史特性の変化には餌種の変化がもたらす歯の磨滅が影響している可能性がある.そこで,本研究では,洞爺湖中島の爆発的増加と崩壊の過程において歯の摩滅速度と体サイズの関係を調べ,歯の磨滅が生活史特性に与える影響を明らかにすることを目的とした.
個体群崩壊を基準に,個体群動態のプロセスを 3つの phaseに区分し,第 1増加期を phase 1,1回目の個体群崩壊後を phase 2,2回目の個体群崩壊後を phase 3とした.phaseごとにコホートの歯の磨滅速度を比較した.摩滅速度として,年齢と対数変換した第一後臼歯の歯冠高の回帰直線の傾きを用い,体サイズの指標には下顎長の成長曲線から得られた漸近値を phase間で比較した.その結果,摩滅速度は,オスには変化が認められなかったが,メスでは phaseの進行ごとに速くなった.一方,下顎長の漸近値は雌雄とも経年的に減少した.以上から密度依存的な餌資源制限によって下顎長の減少が進行したが,歯の雌雄間の質的な相違が摩滅速度の相違をもたらしたことが示唆された.