抄録
植物の二次代謝物は,捕食者に対して毒性をもったり,消化不全を引き起こしたりすることが知られている.したがって,草食哺乳類の代謝システムは,植物の二次代謝物に対して適応進化してきたと考えられる.近年の生化学的・生態学的手法を用いた研究によると,草食哺乳類の中でも,スペシャリストはジェネラリストに比べ,基質が寛容な二次代謝経路をあまり利用していないこと,新奇な毒物への耐性が低いことが示されている.
本研究では,比較ゲノムにより,代表的な二次代謝酵素の一つである GST群が哺乳類の系譜でどのように進化してきたか,また食性が遺伝子進化に寄与したかを検討すべく,哺乳類の食性と GST遺伝子群のメンバー数の関連を調べた.解析には全ゲノムの解読された哺乳類 17種の塩基配列を用い,ヒトの遺伝子配列をリファレンスに用いた相同性検索を行った.その結果,食性と遺伝子数に明確な関連は見られず,GST遺伝子の数は,現在の食性よりも,系統的な影響を強く受けたと考えられる.齧歯目では 20以上の GST遺伝子メンバーが観察され,オポッサムやタスマニアンデビル,カモノハシでは 10以下の遺伝子しか観察されなかった.また,GSTの中でもファミリーメンバーの多い GSTMファミリーのうち,上記 17種がもつ合計 79遺伝子について,ソフトウェア PAMLを用い平衡選択の可能性を検討したところ,平衡選択を受けたと考えられるアミノ酸サイト 210Sが検出された.このサイトについて,分類群ごとに異なるアミノ酸が使われる傾向があった.たとえば,霊長類では特異的にアミノ酸 Gが使われていた.これは,GSTM遺伝子群が,様々な種類の基質に適応して多様化したことを示唆する.今後は,GSTメンバーである他の遺伝子についても解析を進め,食性と代謝酵素の進化の関係を明らかにしていく予定である.