抄録
 宮島には長年の餌づけによってニホンジカが高い密度で生息している.そのため,廿日市市は 2008年から保護管理を目的とした継続的な調査を行っている.これまでの調査で,餌資源制限下において,出産時期の遅延,成長速度の著しい個体差,小型化などが認められることを報告した.本調査はマイクロチップによる個体識別を行っており,初期の識別個体が繁殖年齢に達したことで,繁殖に関する新たな知見が加わった.また,斑紋によって識別した成獣雌の経年観察から求めた生存率は約 85%であった.出産は 5月から始まり,8月くらいまで幼獣の確認個体数が増加する.9月以降にも妊娠個体がみられるなど,出産期間は 6か月におよぶ.栄養状態の良いニホンジカは 2歳で出産するが,個体識別によって宮島における初産年齢が明らかになり,4~ 5歳以上である個体が多いことがわかった.成獣としての体格の完成も 4~ 5歳で,成獣雌の体重は 30~ 35 kgくらいを標準的とみなすことができる. 2012年に捕獲した 2歳雌の平均体重は 22.7 kgで,多くの 2歳個体は繁殖できないと考えられる.また,2011年と 2012年の 3歳における出産個体の割合は 10%であった.交尾期の秋に 27~ 28 kg程度に成長することが,繁殖開始の目安になると推測された.体重は繁殖ステージによる変動が大きく,育児期間中は体重が 10%程度減少するため,晩夏~春までは 30 kg以下(小型個体では 25 kg)でも幼獣を連れている場合がみられた.しかし,餌資源制限下における初産年齢の著しい遅延にもかかわらず,成熟個体の繁殖率は 85%程度(80~ 90%)と比較的高い水準を維持している.そこで,2011年から 2013年までの 3年間の繁殖データから,栄養状態(捕獲時の体重やその変化)が翌年の繁殖に影響するかどうかを検討した.