抄録
有蹄類では,出生時体重は初期生残や成長率に影響する重要な要因の一つであると考えられている.また,一部の種では,この出生時体重が母親の体サイズや栄養状態に影響されることが示唆されている.宮城県金華山島北西部に生息するニホンジカ Cervus nipponは 25年間にわたって継続的・追加的に個体識別され,定期的な形態計測や繁殖状況のモニタリングがなされてきた.この集団において 1997年から 2010年までの 17年間に生まれた個体のうち 117個体(雄 72個体・雌 45個体)について,出生時体重とそれぞれの母親の体重との関係を調べた.雌の仔については,出生時体重と母親の体重との間に強い正の相関関係が認められた.雄の仔についても同様の傾向が見られたが,その関係は雌の仔の場合に比べてずっと弱く,有意な相関は認められなかった.全体として,体重の軽い母親が産んだ雄の仔は雌の仔よりも重い傾向にあったが,体重の重い母親では仔の出生時体重の性差がほとんどなかった.これらの結果は,ニホンジカの出生時体重における母親の体重の影響の強さが仔の性によって異なることを示唆している.ただし,この現象が貧栄養個体群に特有のものである可能性は否定できない.本研究の対象個体群が慢性的な貧栄養状態にあり,雌の繁殖コストが極めて高いことが予測される.そして,ニホンジカのように性的二型のある有蹄類では,娘より息子を産み育てるコストが大きいと考えられる.本研究の結果は,対象個体群において大きな雄の仔を産むコストに耐える個体が少なかったためかもしれない.