抄録
筆者らは現在,富山県東部黒部峡谷流域の鐘釣地域において,ニホンザルによる洞窟利用の実態解明を進めている.ニホンザルが冬季に,防寒を目的に鍾乳洞(通称「サル穴」)を避難所として利用している実態は, 2011年 6月に「サル穴」内に残されていた糞の集積状況から明らかにした(柏木ほか,2012).この発表では,2011年度冬季以降の検証結果について報告する.
黒部峡谷流域のニホンザルが 3年連続(2010~2012年度)して冬季に「サル穴」を利用していたことは,晩秋の 11月末に洞内から糞を回収し,翌春の 4月末~ 5月初旬に糞を確認することで認定した.ただし,糞の分解過程と期間を判断する為に糞を回収していない場所では,新たな糞の集積は一度の例外を除いて確認できていない.前年冬季の糞の排泄場所の広がりは,ニホンザルの洞窟利用空間に影響を与えているのかもしれない.晩秋の 2012年 11月 19日,排泄直後のニホンザルの糞を洞内で確認した.直前には降雪があり,気温が日中もほとんど上昇せず急激に低下し初めて氷点下に下がったことが,洞窟利用を促したと判断される.
「サル穴」洞内採取の糞試料の内容物を予察的に分析したところ,径数 mmの樹皮片を多数確認できた.また,柏木は 2013年 3月 16日に,樹皮の剥がれた多数の樹木を,黒部峡谷沿いで確認している.
「サル穴」近傍に位置する横穴の「ホッタ洞」(測線延長5.4 m)は,堆積物の掘り出しで入洞可能となった洞窟である.当初,中型哺乳類も入洞は不可能であったが,2011年 11年 8日に最奥洞床でテンの新鮮な糞を確認し(柏木,2013),2013年 4年 29日には分解の進行したニホンザルの糞を洞床に確認した.状況から判断して,このニホンザルの糞は 2011年度冬季に排泄されたもので,2012年度冬季には「ホッタ洞」は利用されていない.ニホンザルは利用可能な洞窟を適宜,柔軟に利用しているのであろう.