抄録
動物の音声は,生理的または心理的状態を把握する手がかりとして有用であり,その詳細を理解することは,動物が置かれた環境を類推する有効な手段となりうると考えられる.1980年以来取り組んできた羊間の音声と行動の相互作用について報告する.
1.成および子羊の鳴き声はそれぞれ 3種類に疑似音表記して分類を行うことが可能であり,疑似音により表記された文字数が,音声の発声持続時間を反映し,評価できることが明らかになった.また,羊の音声における基本周波数の違いは,疑似音表記によって分類された音声の高低を反映すると同時に,それらによって形成されるアクセントの差異や音節形成等にも関与すること,各音声は音声の大きさの違いにより使い分けられていることが示唆された.
2.分類した音声タイプごとに母子羊間相互の応答について解析を行った.母羊は,音声タイプごとにその発声持続時間,基本周波数,音圧を変えることで子羊に情報伝達していること,子羊が音声の使い分けをしていること,母羊が子羊の音声情報の意味を理解している可能性が示唆された. ①母羊の発声は子羊への注意喚起であるとともに,その音声タイプから子羊との距離を推定できること,②子羊の発声に対して母羊が発声する場合,母羊は子羊の居場所を認識していないため迷い羊が発生しやすいことが示唆された.
3.子羊群においては,①母子間で使用する音声タイプと異なるものを使用すること,②発声対象ごとに発声持続時間や基本周波数を変化させていること,③子羊による低い音は,管理者への欲求(世話または給餌)の表れであることが示唆された.
4.成羊群においては,①母子間で使用する音声タイプと異なるものを使用すること,①発声対象ごとに発声持続時間や基本周波数を変化させていること,④成羊による高い音は,管理者への欲求の表れであることが示唆された.