抄録
ニホンツキノワグマ Ursus thibetanus japonicusは,6~ 8月に交尾期を迎え,4~ 5ヶ月の着床遅延を経て,冬眠に入る 11月~ 12月に着床が起こることが知られている.しかし,このユニークな繁殖生態のメカニズムについて詳細は分かっておらず,未だ謎が多い.着床遅延中の生理学的メカニズムの解明にはホルモン動態による知見が必要となるが,野外において継続的な採血は難しく,また,採取者にも危険が及ぶ可能性が高い.飼育下においても同様であり,長期的な採血は動物への負担にもなりかねない.したがって,これらの研究を進める上では非侵襲的なホルモン測定が求められる.そこで本研究では,着床遅延における内分泌学的基盤の解明を目標とするが,まずはじめに,ツキノワグマにおける非侵襲的なホルモン測定系の確立を目指すことを目的として実験を行った.今回は動物園から提供して頂いたサンプルを用いて,尿糞中性ステロイドホルモン代謝産物を測定した.また,野生個体由来の血中性ステロイドホルモンも測定し,比較の対象とした.
対象個体は,よこはま動物園ズーラシアで飼育展示中の 2頭の成熟雌と日立市かみね動物園で飼育展示中の成熟雌個体の計 3匹である.これらから得られた糞および尿を用いて,尿糞から性ステロイドホルモン代謝産物を抽出し,尿糞中のエストロゲン代謝産物(E1C)とプロジェステロン代謝産物(PdG)を酵素免疫測定法により測定した.血液については,血中のエストラジオール ‐17β(E2)とプロジェステロン(P4)濃度を同じく酵素免疫測定法により測定した.
これらの結果から,飼育下ニホンツキノワグマの尿糞を用いて性ステロイドホルモン代謝産物の測定が可能であることが分かった.また,野生個体の血中性ステロイドホルモン動態との比較を行ったので,その結果を報告する.