抄録
ツキノワグマの生態研究は GPS受信機の登場などでこの数十年で大きく発展してきた.一方で,ツキノワグマは多くの人間活動との軋轢を発生させることから,その科学的な管理が急務とされている.しかしながら,依然として,その生態には多くのブラックボックスが存在しているのも事実である.このような状況を打開するには,明確なビジョンを持った長期研究が欠かせない.
本講演では,これまで発表者が行ってきたツキノワグマの生態研究,特に採食生態に注目した内容を中心に構成する.具体的には,これまで短期的にしか行われてこなかった食性研究を長期的・多角的におこなうことで,その長期変動を明らかにするとともに,変動要因としての果実やシカの増加の影響を評価した.また,果実類の結実変動が食性だけでなく行動にも影響する点を,複数の個体に GPS受信機を装着し追跡することで,その関連性も明らかにしてきた.さらに特定の食物に焦点を当て,栄養分析や直接観察を取り入れることで採食効率を検討することで,ツキノワグマの食性研究の新たな扉を開いてきたこれらの成果を紹介する.
また,受賞者らの研究グループがこれまで行ってきているツキノワグマの長期研究プロジェクト(Asian Black Bear Research Group:http://www.tuat.ac.jp/~for-bio/top_bear.html)で得られはじめた成果を紹介するとともに,欧米でのクマ類の長期研究プロジェクトと比較することで,これからの日本でのツキノワグマの長期研究システムに求められる姿や成果についても発表したい.