抄録
描画行動は 2つの物体を関連づけて扱う高度な認知機能を必要とする.霊長類ではヒトと大型類人猿でのみ確認されている.大型類人猿に自由に描画できる機会を与えると豊富な色を用いて多くの直線や曲線を描く場合もあれば,ほとんど描かない場合もある.この描画量や質は他者の存在によって促進されることがヒトやチンパンジーで報告されている.しかし大型類人猿の中で唯一社会集団を作らず生活するオランウータンにおいては他者の存在が描画行動にどのような影響を与えるのかは明らかになっていない.そこで本研究では他者(飼育員)によってオランウータンの描画行動に影響があるかどうか,印象評定法を用いて明らかにすることを目的とした.
東京都多摩動物公園にて飼育されていたボルネオオランウータン,モリ.(メス)の描いた絵画 18枚を分析対象とした.絵画の特徴を分析するための方法として,対象の印象を主観的に評価することのできる SD法を用いた.評価者は 61名の大学生(男性 29 名,女性 32 名,平均年齢 19.24歳)とし,彼らに 18枚の絵画の評定を求めた.評価項目は対義語となる形容詞 9 対(例:好き.嫌い)とし,18枚の絵画のそれぞれが7段階で評価された.因子分析を行った結果,好感性因子と活動性因子と命名される 2つの因子が抽出された.ここで絵画の好感性および活動性の尺度得点が飼育員の性別によって違いが認められるかどうか検討した.2(飼育員の性別:男性,女性)×2(得点:好感性,活動性)の被験者間要因の分散分析を行ったところ,好感性得点において交互作用が認められた.この結果は男性飼育員が出勤した日は女性飼育員が出勤した日よりも,より好感的という印象を与える絵をオランウータンが描いていたことを示している.以上の結果から,社会交渉をする機会が少ないオランウータンにおいても飼育員という他者の存在が描画行動に影響を及ぼすことが示唆された.