抄録
解剖学はすでに完了した研究領域と考えられており,教育面では学名を暗記するだけの退屈な科目ともいわれる.解剖学の研究・教育に従事する側に,解剖学が興味深い学問領域であることを伝えられないところに問題がある.しかし肉眼解剖学的手法による比較解剖学を断絶させてはならない.
今回のミニシンポジウムでは,比較解剖学の歴史を概観した後,前肢と後肢の比較解剖学的考察の実例を紹介し,比較解剖学とは何か,ワクワクする解剖学を実感していただこうと考えている.
1 比較解剖学の過去,現在,未来
山田 格(国立科学博物館)
Comparative anatomy, past present and future
Tadasu K. Yamada (National Museum of Nature and Science)
2 肩帯筋の比較解剖学 -特に背側の肩帯筋について-
小泉政啓(東京有明医療大学)
Comparative anatomy of the dorsal shoulder girdle muscles
Masahiro Koizumi (Tokyo Ariake University of Medical and Heal th Sciences)
脊椎動物が陸に上がったのち,前肢で体幹を持ち上げる必要のある爬虫類と哺乳類では体幹をハンモック状につりさげる背側肩帯筋(前鋸筋,肩甲挙筋,菱形筋など)が発達してきた.これらの背側肩帯筋は,従来明確な根拠を欠いたまま比較解剖学的に体幹筋と分類されてきた一方で,腕神経叢の根部から分かれる支配枝を受けるため,前肢筋としての関連も示唆されてきた.これらの筋群について,改めて支配神経の分布や頚神経からの由来を精査した結果,肋間筋やさらには哺乳類で一般に見られる長斜角筋などの頚胸部固有腹側体幹筋との密接な関連が明らかになった.この結果を基に,背側肩帯筋の頚胸部体幹筋の中での形態学的な位置づけについて考察する.
3 後肢の神経の比較解剖
関谷伸一(新潟県立看護大学)
Comparative anatomy of nerves of the hind limb
Shin-ichi Sekiya (Niigata College of Nursing)
ヒトおよび各種霊長類の足背皮下には,伏在神経,浅腓骨神経,深腓骨神経,腓腹神経が分布している.特にヒトの足背皮神経の分布様式はきわめて多様であるが,各種の類人猿における具体的な神経の分布を比較解剖学的に検討することによって,直立二足歩行をするヒトの足の特殊性が浮き彫りになってくる.ヒト,ゴリラ,チンパンジー,オランウータンの足背における浅腓骨神経と深腓骨神経の分布様式の違いはそれぞれのロコモーションの違いを反映しているかもしれない.