抄録
鼻腔は,吸気を温める働きを持つため,その形態は気候環境に対する適応を反映すると考えられている.吸気を効率よく温めるためには,吸気が鼻腔の粘膜に万遍なく触れる必要がある.そのため,寒冷地ほど鼻腔内の「体積に対する粘膜の表面積」を大きくするためにその断面は細長く(縦長に)なると予測され,ヒトを対象にした最近の研究ではこれが確認されている.我々は,多様な気候環境に分布するマカク属霊長類の頭骨標本をCT撮像し,その種間とニホンザル種内の鼻腔形状の地域変異を定性的・定量的に比べることで,この仮説を検証した.結果,予測通り温帯に分布するバーバリーマカクは熱帯や亜熱帯に分布する多くの種に比べて縦長の鼻腔をもっていた.しかし,同じく温帯に分布するニホンザルは比較的幅広い鼻腔をもつことが分かった.さらに,ニホンザル種内においても,寒冷な地域に分布する個体ほどより鼻腔の内部が幅広い傾向が確認された.眼窩間幅の広いヒトやバーバリーマカクは鼻腔が縦に広がる余地を持つため寒冷適応として縦長の鼻腔を持つが,その余地のないニホンザルは鼻腔を横方向に拡大し鼻甲介を発達させることで粘膜の表面積を拡大しているのではないかと考えられる.これらの種は寒冷地において吸気を温めるという共通する目的を持つが,構造的制約の違いによって異なった戦略をとっている可能性が示唆される.