抄録
ヒトの色覚には X染色体に直列する Lと Mオプシン遺伝子による正常 3色型の他に L/Mハイブリッド遺伝子による変異 3色型や遺伝子欠失による 2色型がある.ヒト以外の旧世界霊長類ではこれらの変異は稀でほぼ正常 3色型しかみられないため,野生霊長類では正常 3色型の強い有利性が示唆されている.対照的に多くの新世界ザルは 1座位 L/Mオプシン遺伝子の対立遺伝子分化によって,様々な3色型と 2色型からなる高頻度の種内色覚多型を有する.そのため霊長類の色覚進化は,哺乳類で一般的な 2色型から,一部の原猿類と多くの新世界ザル類で見られる 2色型と変異型及び正常型の 3色型の多型色覚を経て,旧世界霊長類で一般的な均一な正常 3色型へと向かう定向的パターンに従うことが想定される.新世界ザルの中でホエザル属 (Alouatta)は旧世界霊長類に類似して,正常な Lと Mオプシン遺伝子を直列して有するため,定向的色覚進化モデルを支持する好例として,均一な正常 3色型をもつと考えられている.しかし,我々は一昨年の本大会で,コスタリカ及びニカラグアのマントホエザル (A. palliata)とベリーズのユカタンクロホエザル (A. pigra)の野生集団調査により,それぞれの種に異なるハイブリッド L/Mオプシン遺伝子を報告し,モデルの妥当性に疑問を投げかけた.
今回我々は両種のハイブリッド L/Mオプシンを再構成し,最大吸収波長がA. pigraで 546 nm, A. palliataで 554または 547 nmであると実測した.ハイブリッド L/Mオプシンを持つ場合の 2つの L/Mオプシン間のスペクトル分離は,前者では 14 nm,後者で 10~22 nmとわかった.これは他の新世界ザルにみられる様々な変異 3色型に近い.このような多様性の高さは,色覚の定向的進化モデルを支持しておらず,均一な正常 3色型が霊長類色覚進化の究極段階ではないことを示している.