霊長類研究 Supplement
第29回日本霊長類学会・日本哺乳類学会2013年度合同大会
セッションID: C2-3
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口頭発表
野生チンパンジーにおける苦味受容体遺伝子の地域差と生態適応
*早川 卓志*井上 英治*K Koops*大東 肇*松沢 哲郎*今井 啓雄
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抄録

【背景】舌や腸管に発現する苦味受容体遺伝子 TAS2Rは,摂食から消化までの一連の採食プロセスにおいて食物中の毒物を感知し,生体を病気や死から守る機能を持つ.そのため TAS2Rは集団の採食ニッチの変化に対して適応進化するとされている.私たちは飼育個体を対象に,チンパンジーが持つ 28種類の TAS2Rが西アフリカの亜種と東アフリカの亜種の間で分化していることを報告した(Hayakawa et.al. 2012, PLoS.ONE).本研究では, TAS2Rの地域分化の背景にある生態要因を探るため,野生チンパンジー集団の TAS2Rの分析を行った.
【方法】東アフリカのマハレ及び西アフリカのボッソウで,全頭個体識別に基づく直接観察により野生チンパンジーの糞を収集した.またボッソウに隣接するニンバ山で,チンパンジーの踏み跡に残された糞を収集した.糞から DNAを抽出し,ホスト DNAを定量後,一部の TAS2Rの塩基多様性を決定した.
【結果】マハレ集団 60個体中 45個体,ボッソウ集団 12個体中 10個体,ニンバ集団 6個体について糞由来 DNAの分析に成功した.その結果, TAS2Rの亜種間分化を再発見した.例えば, TAS2R38の偽遺伝子頻度はマハレ集団で 0 %であるのに対し,ボッソウ集団では頻度 95 %にまで達した.飼育西亜種集団では 76 %,ニンバ集団では 50 %であったため,ボッソウ集団には亜種間分化に加えて,地域特異に遺伝的浮動もしくは自然選択が生じていると考えられる.
【考察】TAS2Rの亜種間分化は野生下でも存在し,隣接地域間での多様性にも偏りがあった.このことは,チンパンジーの TAS2Rが地域レベルで自然選択の影響を受けて進化している可能性を示唆する.私たちはそれぞれの調査地で,苦味を呈する植物も収集している.今後,これらの化学分析と地域比較を行い,TAS2Rに生じている自然選択との関連を明らかにする.

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© 2013 日本霊長類学会
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