抄録
動物が持つ苦味感覚は,食物に含まれる毒性物質を検出する機能を持つ.そのため数十種類ある苦味受容体遺伝子 TAS2Rは,生息環境や採食特性に応じて適応的に進化してきたと考えられている.一方で植物は,二次代謝物や特殊な構造により身を守っている.特に,葉は毒性を有する物質を多く含んでいる.霊長類は一般に雑食傾向が強いが,コロブス類は特殊な消化器官を発達させて,葉食に特化した採食を行うため,TAS2Rも特殊な進化をしている可能性がある.本研究ではコロブス類を対象に TAS2R遺伝子解析を行うことにより,葉食適応過程での苦味受容体の進化機構を検討した.
中国・崇左においてシロアタマラングールTrachypithecus leucocephalus,インドネシア・パンガンダランにおいてジャワルトンTrachypithecus auratusの,2種のコロブス類のフンを採集し DNAを抽出した.同じオナガザル上科に属するアカゲザルのゲノム配列を利用してプライマーを設計し,TAS2Rの配列決定を試みた.現在までに 15種類の TAS2Rの配列を決定した.
コロブス類における TAS2R全体の進化傾向を明らかにするために, dN/dS値を用いた中立性の検討を行った.その結果,コロブス類の系統で dN/dS値は有意に 1より小さい値を示した.つまり,コロブス類の TAS2Rのアミノ酸配列は保存的であり,浄化選択を受けていると考えられた.この結果は,葉食に特化したコロブス類にとって苦味感覚は重要であり,苦味感覚を利用して採食選択を行っていることを示唆している.今後,より多くの TAS2Rについて,雑食傾向にある近縁種との種間比較および,コロブス種内における TAS2R多様性を明らかにすることで,より詳細にコロブス類特異的な苦味受容体の進化過程を考察する.