個体追跡中に観察者がGPSを携帯することによって霊長類の野外調査中に調査対象の個体や集団の位置情報を詳細に記録し、これらの位置情報から移動のルートを構築し、移動の距離や速度を計測することができる。本研究では、鹿児島県屋久島に生息するニホンザルを調査の対象として行った個体追跡中に観察者が取得したGPSデータから、メス6個体の採食中の遊動ルートを構築した。ルート構築には、観察個体が実際に移動したルートを可能なかぎり精確に再現するために、移動中のGPS測位値及び、GPS測位値から計算した停止地点の位置を使用し、停止中に取得されるGPS測位値の誤差を除去した。ニホンザルは採食に際して樹木まで移動し、採食中は樹木の間を移動するので、樹木間のルートを構築した。なお、確実に栄養を得るために、ニホンザルは一定の距離や時間の範囲内で採食できる樹木間を移動すると仮定できる。しかし、ニホンザルは採食する樹種を選択すると仮定し、選択した種の採食樹へ到達するために移動の距離や速度を変化させるとも考えられる。移動ルートを解析した結果、樹木間の移動において、観察個体の移動距離は樹種によって有意に異なった。到着樹木種と出発樹木種のいずれの場合でも移動距離は樹種によって有意に異なった。また、複数回採食した樹木個体への移動距離が有意に長かった。しかし、移動速度の変異は少なく、樹種による速度の差は有意でなかったか、極めて弱い有意度に止まった。これらの結果から、観察個体は樹種によって移動する距離は調整するが、速度は大きく変化させないことがわかった。到達するまでに移動距離が長い樹種は、ニホンザルにとって選択性が高い樹種である可能性が考えられるが、季節によって選択可能な樹木の本数と分布が樹種によって異なるために移動距離が変化する可能性も示唆された。