曲鼻猿類は霊長類の中でも嗅覚に優れ、匂い付け行動は重要なコミュニケーションツールの一つである。ワオキツネザルのオスは交尾期に臭腺分泌物質の組成が変化し、臭腺分泌物質を利用した求愛行動を行うことが報告されている。オスの臭腺分泌物質はメスの繁殖相手の選択に重要な役割を持っていると考えられる。本研究では様々な状況下にあるオスの臭腺分泌物質に対するメスの応答を観察し、オスの臭腺分泌物質の交尾期における利用目的について検討した。また、メスの臭腺分泌物質に対するメスの応答の季節変化についても検討した。日本モンキーセンターで飼育されているワオキツネザル2群(繁殖群、非繁殖群)を対象に、非交尾期の9月と交尾期の10~11月においてオスメス双方のマーキングと、その臭腺分泌物質に対するメスの匂い嗅ぎ時間を定点観察によって、全生起サンプリング法で連続記録した。その結果、繁殖群ではオスの臭腺分泌物質に対するメスの匂い嗅ぎ時間が非交尾期(中央値:2.30秒)に対して交尾期(中央値:5.30秒)で有意に増加した。また、メスの臭腺分泌物質に対するメスの匂い嗅ぎ時間は繁殖群では非交尾期(中央値:2.90秒)に対して交尾期(中央値:5.10秒)で増加の傾向が見られたが、非繁殖群では非交尾期(中央値:6.00秒)と交尾期(中央値:6.20秒)で有意に差はなかった。この差は、交尾期にオスが群れに在籍しているかに起因するものである。以上の結果から、オスの臭腺分泌物質に対するメスの匂い嗅ぎ時間が増加するのは臭腺分泌物質の組成変化に由来すると考えられた。また、メスにとって交尾期のオスの匂いは魅力的であり、関心が高まることも示唆された。一方、メスの臭腺分泌物質に対するメスの匂い嗅ぎ行動の観察から、交尾期にオスが群れに在籍していることはメスが匂いに敏感になる要因の一つとなることが示唆された。