ヒト(Homo sapiens)は、1歳前後に運動様式を四つ這いから歩行へと変化させる。歩行の獲得は、ヒト乳児と外界の物体・他者との相互作用を変化させ、後続する発達に領域を超えて影響を及ぼすと考えられてきた。言語発達についていえば、歩行開始月齢が早いほど語彙産出数が多くなり(Walle & Campos, 2014)、歩行獲得に伴って乳児の言語学習状況に変化が生じることが想定されている。しかし、前言語児の言語学習において母子間の視線コミュニケーションは重要であるにもかかわらず、乳児の歩行獲得が母子の視線交渉に及ぼす影響についての定量的な知見は少ない。本研究では、5組の母子ペアを縦断的に観察することによって、基本的な視線交渉であるアイコンタクトについて、乳児の運動発達(四つ這い/歩行)に伴ってどのような変化がみられるのかを検討した。5組の母子ペアを対象にし、乳児が生後10ヶ月から16ヶ月になるまで、隔週で毎回1.5時間の日常場面での行動観察を行った。観察は各母子ペアの家庭にて実施し、母親には普段どおり生活するよう教示した。母親にはメガネ型視線計測装置(Tobii Glasses2)を装着してもらい、日常的な母子の視線交渉を母親視点で記録した。母親視点の映像をもとに、母子間で連続して「目があった」フレーム群をアイコンタクトとして定義し、アイコンタクトの頻度・時間長とともに、アイコンタクトが生じたときの母子間距離を算出した。月齢および乳児の運動様式によって、これらの行動指標がどのように変化するか、解析した。その結果、アイコンタクトの生起頻度・時間長およびアイコンタクトが生じる母子間距離のいずれについても、月齢および運動様式に有意な効果があるとはいえなかった。運動様式の変化は、日常的な視線交渉の頻度や状況にはあまり影響を与えないのかもしれない。歩行獲得に伴う視線交渉の変化を検討するために、今後は個々の視線交渉の具体的な特徴や、視線交渉に伴う行動に焦点をあてて分析を行う必要がある。