霊長類研究 Supplement
第76回日本人類学会大会・第38回日本霊長類学会大会連合大会
会議情報

口頭発表
山梨県富士河口湖町における少グループの野生ニホンザルによる人身被害の発生事例(III)
吉田 洋蔵岡 登志美
著者情報
会議録・要旨集 フリー

p. 29-

詳細
抄録

私たちはこれまで、1)2019年10月~11月に、山梨県南都留郡富士河口湖町において、オトナメス1個体、ワカモノオス1個体、性別不明のコドモ1個体の計3個体で構成される野生ニホンザル(Macaca fuscata)「船津グループ」が人身被害を発生させ、そのうちのオトナメス1個体が同年11月20日に捕獲されると、その後に人身被害が発生しなくなったこと、2)市街地に位置する、「船津グループ」が利用していた廃墟でカメラセンサスを実施したところ、人身被害終息後もワカモノメス1個体が廃墟を利用し続け、2020年11月前後のみ、その利用日数が著しく高くなったことを、2021年3月まで調査結果を踏まえ報告した。本発表ではそれ以降の、2022年5月までのモニタリング調査の結果を報告する。カメラセンサスの結果、個体識別ができた個体はワカモノメス1個体で、他の個体は確認できなかった。このことから調査開始以来、この廃墟を利用していたのは、「船津グループ」の残存個体のメス1個体のみと推測する。また廃墟の利用日数は、2021年4月以降も少なく推移していたが、2022年1月に急増し、そのまま5月まで高止まりした。撮影した個体の行動を解析したところ、2020年11月にはオニグルミ(Juglans mandshuric)の実を、2022年1月~2月にはクマイザサ(Sasa senanensis)の葉とオニグルミの実を、廃墟内に持ち込み摂食していた。このことからこの時期には、廃墟の近くにある食物が、当該個体を誘引し、廃墟の利用の増加につながったと考える。その一方で2022年3月以降は、廃墟への食物の持ち込みは確認できていない。このことは、当該個体とって廃墟が、食物確保のための場から、安全確保の場へと変質した可能性が指摘できる。当該個体による人身被害は、廃墟の利用が増加した現在もなお、確認されていない。この市街地への馴化の進行が、サルの行動や被害の発生にどのような影響を与えるか、引き続き注視する必要がある。

著者関連情報
© 2022 日本霊長類学会
前の記事 次の記事
feedback
Top