霊長類研究 Supplement
第76回日本人類学会大会・第38回日本霊長類学会大会連合大会
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シンポジウム
野生チンパンジーにおける文化行動の獲得過程
中村 美知夫
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p. 7-

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抄録

野生チンパンジーの文化行動の獲得過程について話題提供をおこなう。野生動物の研究では、地域間で行動パターンに違いがあり、かつその違いが遺伝的な違いや環境による違いでは簡単に説明しにくい場合に、文化的な違いであると考えられてきた。しかし 厳密には、地域間で違いがあることは、文化の必要条件ではないし、十分条件でもない。このため、当該の行動が一体どのような過程で、幼少個体に獲得されるのかを検討する必要がある。チンパンジーの文化行動の獲得に関しての知見は、道具使用に関するものが多い。これは、道具使用が「知的」行動であり、また飼育下での再現実験がしやすいといった点と関連しているかもしれない。行動を「する/しない」が、技術を「知っている/知らない」ということと比較的繋げやすく、世代間での情報の伝達という図式と合致しやすい。そうしたチンパンジー道具使用の獲得においては、モデルとなる個体(多くの場合母親)が積極的に「教示」することはなく、むしろ学習者(子)がモデルのしていることに興味を持ち、積極的に「見て学ぶ」。ただし、モデルの行動を厳密に「コピー」するわけではない。学習者がまとわりつくことも多いため、モデル個体の道具使用の効率は落ちると思われるが、モデル個体はそうした「邪魔」に対して非常に寛容である。一方で、道具使用ではない文化行動である「対角毛づくろい」に関しては、こういった図式が成立しない。対角毛づくろいが最初に行われる際に、幼少個体が積極的であることはあまりない。たとえば、オトナ同士のやっている対角毛づくろいを見て、コドモ同士で不完全な対角毛づくろいをやってみるといったことはまず生じない。最初の対角毛づくろいは、ほぼ常に母子間で確認され、それも母親の側がより積極的に「形作り」をしている可能性がある。

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