抄録
深刻化するニホンザルの農作物被害に対して、群れ単位での対策が実施されてきた。近年では、群れだけでなく、個体に着目した対策も考案されているが、群れの中で加害にどの程度の個体差があるか、どのような個体が激しく加害しているか検討した事例はない。そこで本研究では、個性及び身体的特性(性、繁殖状態)の個体差が農地での採食行動にどのように影響するか明らかにし、栄養要求と捕食者の影響という観点から考察すると共に、被害対策への応用の可能性について検討した。2022年、2023年の6月~12月にかけて石川県白山市に生息する加害群1群を対象に調査を行った。まず、6月~9月にかけて、逃走開始距離(捕食者の接近に対して逃走を開始する時の距離)を測定し、個体毎に大胆さ(個性)を評価した。次に、9月~12月にかけて農地で行動を観察し、農地への出没時に先頭になった個体を記録すると共に、フォーカルアニマルサンプリングにより対象個体の農地での滞在時間、採食時間、警戒行動、最も林縁から離れた距離(以下、出没距離)を記録した。逃走開始距離の反復率(全分散のうち個体間分散の占める割合)を算出した結果、個体間分散が全分散よりも十分大きく、一貫した個体差が認められた(反復率 平均値±SE:0.56±0.084、p< 0.001)。したがって、逃走開始距離で見られた個体差を個性と呼んで差し支えないと考えられた。さらに、個性、身体的特性と農地での行動との関係を一般化線形モデル、一般化線形混合モデルにより検討したところ、個性の影響も認められたが、雌雄差と、メスについてはアカンボウを持っているかどうかの影響のほうが大きかった。 今後、個性が実際の加害とどのように関連するか検討が必要である。