抄録
霊長類の足趾の屈曲を担う脛側趾屈筋(ヒト:長趾屈筋)、腓側趾屈筋(ヒト:長母趾屈筋)、短趾屈筋は、種によって筋腱構造や停止部位が異なり、その形態は各種の運動適応に関連すると考えられている。本研究では、直立二足歩行を行うヒトと樹上移動に適応したオランウータンを比較することで、足趾屈筋群とその腱の形態学的な変化過程を推測することを目的とした。朝日大学歯学部実習用遺体4体7側、京都大学ヒト行動進化研究センターより貸与されたオランウータン標本1体1側の足部を用いた。オランウータンでは、第2趾から第5趾各趾に至る筋の担当が異なった。第2趾:浅層の短趾屈筋腱が二分して中節骨の両側面に、その間を脛側趾屈筋腱が通過して末節骨底に停止した。第3趾:短趾屈筋腱に深層から腓側趾屈筋腱が癒合し、末節骨底に停止した。第4趾:脛側趾屈筋腱が二分して中節骨両側面に、腓側趾屈筋腱がその間を通過して末節骨底に停止した。第5趾:脛側趾屈筋腱の分岐部から起始する破格筋の腱が二分して中節骨両側面に停止し、その間を脛側趾屈筋腱が通過して末節骨底に停止した。ヒトでは、長母趾屈筋腱が長趾屈筋腱へ癒合する腱を出したのち第1趾に、長趾屈筋腱が第2趾から第5趾の末節骨底に停止した。ヒト短趾屈筋は、7側中4側で第2趾から第5趾への各腱が中節骨両側面に二分して停止した。残りの3側では、短趾屈筋の停止は第2趾から第4趾で、第5趾には長趾屈筋腱分岐部から起始する破格筋の腱が二分して中節骨両側面に停止した。ヒトの長趾屈筋分岐部から起始する破格筋は副小趾屈筋(Krause, 1880)として知られていたが、オランウータンにおける類似した破格筋は本研究で初めて観察された。ヒトとオランウータンの足趾屈筋群は、共通の由来から発生したのちに両種の形態へと変化し、破格筋はその過程の初期に形成されたために同一の形態として両種に現れたと考えられた。