抄録
ヒトと生物学的に最も近縁なアフリカ大型類人猿が採用するナックルウォークの適応的意義とその進化要因を明らかにすることは、両者の最終共通祖先からヒトがどのように直立二足歩行を獲得するに至ったのかを論じる上で重要な示唆を提供する。特にナックルウォークの床反力の特徴を詳細に分析することは、その特異な移動様式の移動効率や機序を解明する上で必要不可欠であるが、そうした試みは、世界的にも現在までほとんど存在しなかった。本研究では、ゴリラのナックルウォーク中の前肢・後肢に作用する床反力波形を計測・解析することを通して、ナックルウォークの力学的特質を明らかにすることを目的とした。京都市動物園のゴリラ飼育舎内の運動場に設置された水平な梁(幅15 cm)の途中に、6軸ロードセルを用いて制作した床反力計2台(15 cm x 20 cm)を直列に設置し、その上を日常生活の中で自発的にナックルウォークするゴリラ成体3頭の前肢・後肢に作用する床反力を計測した。毎日約7時間、約60日分の計測データから、3頭合わせて計80試行の定常ナックルウォークの床反力波形を抽出・集計し、典型的な四足性霊長類であるニホンザルの四足歩行時の床反力波形と比較した。その結果、(1)ゴリラのほうが後肢の鉛直方向床反力が前肢のそれより相対的に大きい、(2)前肢に作用する鉛直床反力はニホンザルでは立脚期前期にピークに至るが、ゴリラでは後期にピークに達する、(3)ニホンザルでは前肢が立脚期後期に相対的に大きな推進力、後肢が立脚期前期に相対的に大きな制動力を生成するが、ゴリラではそれらが小さくなる、など、ナックルウォークの力学的特質の一端が明らかとなった。今後この波形を運動学的データと合わせてより詳細に解析することを通して、ナックルウォークの適応的意義と進化要因を検討する。