抄録
背景雑音が大きい環境では、動物は発声の大きさや発声長、発声の高さを変化させてコミュニケーションを行うことが知られている。本研究では、ニホンザルにおいて、背景雑音がクーコールの音響的特徴に影響を与えるのかを検討した。クーコールは近接個体数や行動といった行動文脈によっても音響的特徴が変化することが先行研究で明らかにされているため、これらの影響も同時に検討した。嵐山集団の成体メス11頭(18.1 ± 8.4歳齢)を対象とし、20分間の個体追跡を行った。対象個体のクーコールと発声時の行動、近接個体数、背景雑音の騒音レベルを記録した。総観察時間は46時間であった。128のクーコールを分析した結果、背景雑音が大きくなると、発声開始時および平均の基本周波数が高くなることが示された。また、近接個体数が少ない場合には、発声長が長く、基本周波数の変調が大きくなった。採食・移動場面では休息場面よりも発声終了時の基本周波数が高くなった。クーコールの中でも長さが短い(0.2秒以下)発声は、社会交渉に関連して生じるなど他のクーコールと機能が異なる可能性がある。そこで、発声長が短い32のクーコールを除き、事後的な分析を行った。その結果、背景雑音が大きい場合には開始時の基本周波数が高くなり、また平均基本周波数が高い傾向が見られた。結果を総合すると、背景雑音、近接個体数、および行動それぞれがクーコールの異なる音響的特徴に影響し、背景雑音の大きさは主に基本周波数の高さに影響していた。本研究では、音圧が大きい背景雑音の発生源は周波数帯が低い傾向があった。これらの環境下において、ニホンザルは大きく張り上げた発声する、あるいは背景雑音を避けるように発声することで、発声の伝達効率を高めている可能性が推測された。