抄録
タンザニア、マハレのチンパンジー集団で、推定3歳の孤児オスNRを多数の非血縁個体が世話した事例を報告する。2023年7月20日、NRは孤児として群れに合流するのが初観察された。それから少なくとも半年以上の生存が確認されている。母親は2022年2月を最後に観察されていない老齢メスLDであると推定した。NRが孤児となった時期は不明であるが、病気の母親と2頭だけの生活を長く送り、他個体と没交渉だった可能性がある。先行研究によると、野生チンパンジーの孤児生存率(母親死後2か月以上)は、離乳年齢(約4歳)以上ならば9割を超えるが、1歳以上4歳未満は約4割まで落ち込む。マハレでは、3歳孤児(すべて♀)が3年以上生存した事例が3つ知られている。いずれも他個体のアロマザリングが観察され、最終的に特定の非血縁メス(養母)との間に母子に近い絆が生まれた。本研究は、4歳未満で母を失ったオスが半年以上生存したマハレで最初の報告となる。まず特筆すべきことは、NRを主に複数のオスが世話したという点である。たとえばNRを運搬したオスは5頭(オトナ2、ワカモノ3)であったが、メスはコドモ1頭だけであった。西アフリカのタイでは特定のオスが4歳未満孤児を養子にした事例が複数知られているが、マハレでは先例がない。ただし、NRの養父はいまだ不確定である。有力候補の壮年オスORは毛づくろいや近接維持に加え、食物分配・添い寝・慰めなど幅広く行うが、運搬はワカモノオスZAが最も積極的である。NRは栄養・採食的にはほぼ自立している反面、幅広い非血縁個体に対してフィンパーを発して追随するなど心理的依存を求める行動に多大な時間を投資している。一方、NRは3~6歳個体から遊びに誘われるたびに拒絶しており、同世代個体と関わろうとする動機づけが著しく低い。このことが彼の社会的成長にどのように影響するか注目して継続観察していきたい。