抄録
嗅覚は様々な動物で探索や社会交渉などに重要な役割を果たしている。他の霊長類に比べ曲鼻猿類では嗅覚の役割について様々な研究がされてきたが、マカク属や類人猿では研究事例はあるものの報告は限られている。そこでマカク属のアカゲザル(Macaca mulatta)を対象にして、匂い嗅ぎ行動について研究した。調査はネパールのカトマンズ市内にあるスワヤンブナート寺院を行動圏にしている野生アカゲザルを対象にした。このエリアには少なくとも4群のサルが生息している。サルは訪問者から与えられた食物や寺院の森に生育する植物を採食している。2024年3月に14日間、フォーカルサンプリング法にて、オトナオス4頭を合計21時間、オトナメス12頭を合計23.4時間観察した。性別ごとの匂い嗅ぎ行動の回数や対象物などについて分析した。その結果、1時間辺りの匂い嗅ぎ行動の平均回数はオトナメスは3.7回、オトナオスは2.4回で、メスではオスに比べて頻度が高かった。これは他の霊長類と類似した傾向だった。匂い嗅ぎの対象物は80%以上が食物であった。食物を嗅いだ後に食べずに捨てる行動はメスではオスに比べて頻度が高かった。食物では拾ったものを複数回嗅ぐ行動も観察された。食べるか否かの選択に嗅覚が利用されていると考えられた。メスで匂い嗅ぎ平均回数や嗅いだ後に捨てる頻度が高いことは、腐敗等による細菌への警戒と関係しているかもしれない。また、他個体の匂いを嗅ぐといった社会行動は主にオスからメスに対しておこなわれていたが、その頻度は1時間辺り0.1回と低かった。これは調査時期がサルの繁殖期の終盤に差し掛かっていたことが影響している可能性がある。今後、対象個体や各個体の追跡時間を増やして、季節や性別、年齢による違いを更に調べていく予定である。