抄録
さるだんごとは、複数の個体が互いに体を接触し休息することで形成されるサルのかたまりのことである。さるだんごは互いの身体を温めあう機能があり、気温の低い日は日中においてもニホンザルはさるだんごを形成する。ニホンザルのアカンボウは冬には母乳に頼りつつも自力で採食する必要が生じ、ときには母親から離れ採食をする。特に、母親不在時に、脆弱なアカンボウが母親以外の他個体とさるだんごを形成することが可能であるかは、彼らの冬季の生存を考える上で重要な視点である。本研究では、冬季のニホンザルのアカンボウのさるだんご相手を調べ、また、生息環境のちがいが、そのさるだんごの構成に影響を与えるかを、落葉樹林帯に属し積雪がある青森県下北半島(以降、下北)と照葉樹林帯に属す鹿児島県屋久島(以降、屋久島)の個体群の地域間比較を行うことにより検討した。2008年度・2022-23年度冬季に下北、2010年度・2020-2021年度冬季に屋久島において、アカンボウを追跡し、さるだんご形成時にはその性年齢構成を記録した。6分以上継続したさるだんごの事例を分析対象とした。両地域ともにさるだんごに母親が含まれる割合は、全体の約8-9割と高かった。母親不在時のさるだんごの構成に地域間で差がみられ、下北と比較し、屋久島はオトナ個体や他のアカンボウとよりさるだんごを形成していた。下北では、アカンボウがオトナ個体やコドモと接触を試みた際に、アカンボウに対し彼らが威嚇したり嚙みついたりするなどの行動がみられた。さるだんごの形成しやすさには、環境要因(積雪や気温)だけでなく、社会的な要因も関連していることが示唆された。近年、屋久島を含むいくつかの地域において、寛容な方向への社会的変異をもつニホンザル集団が存在することが報告されており、その寛容さは母親不在時のアカンボウの暖のとりやすさにも関連している可能性が示唆された。