抄録
ニホンザルのイモ洗い行動は、霊長類の文化的行動研究の先駆けとなった行動である。飼育下霊長類においても水場と汚れた餌がある環境で食物を洗う行動は観察されているが、千葉市動物公園では餌が汚れていないにも関わらず、ニホンザルによる食物洗い行動が見られる。そこで、本研究では、千葉市動物公園のニホンザルを対象に、いつどのような個体が洗うのか観察し、食物洗い行動の至近要因について検討した。
2021年から2023年の各年の6月から12月に、千葉市動物公園のニホンザル30頭を対象に、給餌時を中心とした観察を計163日間行った。全生起サンプリングを用いて食物洗い行動を観察し、行動を行った個体や餌を記録した。また、2021年に低順位個体で多く観察されたため、オトナ個体を対象に各30分の個体追跡サンプリングを行い、ストレスの指標としてセルフスクラッチの回数を記録した。
計631回の食物洗い行動を観察し、老齢個体1頭と0歳のアカンボウ3頭を除く26頭で食物洗いを行うことを確認した。野菜や果実、固形飼料など様々な餌を洗う行動が観察され、とくにキャベツは219回と洗われる回数が多かった。一年あたりの個体ごとの回数は2021年と2022年、2022年と2023年、2021年と2023年でそれぞれ相関していた。行動頻度が高い個体は3年とも高い傾向にあり、各年において、低順位個体ほど食物洗い行動の回数が多かった。またオトナメスでは、セルフスクラッチの回数が多い個体ほど食物洗い行動の回数が多いことが示され、その傾向は順位が低いほど強かった。さらに、2023年の分析により、攻撃交渉が増加する交尾期の食物洗い行動の頻度が高いことが示された。以上のことから、千葉市動物公園では、ストレスを受けやすい個体が緊張状態の高まる状況において、食物洗い行動を行っていると考えられる。