抄録
多くの霊長類では、毛づくろいを通じて高順位個体と親和的関係を築き、攻撃交渉時の支援や採食場面での寛容性などの利益を得ることが出来る。また社会ネットワーク上で中心的な位置を占めることは、個体に様々な利益をもたらす。そのため霊長類の社会では、毛づくろいパートナーを巡る競合が存在する。本研究ではニホンザルの成体メスを対象に、毛づくろいに3頭目が介入する場面に着目し、介入個体が毛づくろいに新たに加わるか、どちらかの毛づくろいパートナーを乗っ取るかに関わる要因を分析した。また3頭毛づくろいが成立した場合、毛づくろいの持続時間に関わる要因についても分析を行った。淡路島に生息する餌付け集団 (以下淡路島集団) において、2021年7月から2024年3月にかけて468回の介入場面を記録した。介入個体が毛づくろいに参加したのが365回、毛づくろいパートナーの乗っ取りが起きたのが103回であった。説明変数として個体間の順位関係および親密さ、社会ネットワーク上の中心性を考慮して一般化線形モデルによる分析を行った。2017年から2024年にかけての毛づくろいデータを分析したところ、淡路島集団における毛づくろいの方向性には、優劣関係による偏りは見られなかった。すなわち、本集団では高順位個体を巡る競合は弱いと考えられた。毛づくろいパートナーの乗っ取りは、介入個体の順位が毛づくろい中の2個体よりも高い時に起こりやすく、また介入個体は2個体のうち中心性のより高い個体と毛づくろいを行いやすかった。3頭毛づくろいの生起しやすさおよび持続時間には個体間の親密さが関わっており、特に2頭が1頭に対して毛づくろいを行う形では、2頭のgroomer同士の関係性が影響していた。本研究は、毛づくろいパートナーの競合には社会的中心性が関わっていること、および3頭毛づくろいに個体間の親密さが関わっていることを示唆している。