抄録
ニホンザルが人々にどう認識されてきたかを探るため、伝統芸能に登場するサルを調査した。猿楽(申楽)は、能と狂言(明治以降の総称は能楽)の原型となった歌舞劇である。奈良時代に大陸から伝わった散楽は、日本古来の伎楽と融合し、ものまねを含む滑稽な舞台劇に発展して、平安時代には猿楽と呼ばれた。「猿」とつく名称が普及したのは、「さん」が「さる」と音韻変化した時ものまねが上手いとされるサルが連想されたため、サルを演じる芸が散楽にあったため、神楽の「申」を用いたためとする説等がある(神楽は、芸能を司る女神アマノウズメがサルタヒコの妃となった点でもサルと繋がっている)。室町時代に猿楽が高尚な能と俗っぽい笑いも含む狂言に分かれる前、猿楽でサルを演じる者はサルの面をつけていたらしい。現在能は面をつけ、狂言は面をつけずに演じられることが多い。だが狂言でサルやキツネを演じる者は、その動物を写実的に表現した面をつける。演目「猿聟」では猿面をつけた者がユーモラスにサルを演じ、演目「靭猿」では子供が猿面をつけて演じるサルが憐れみを誘う。それに対して能でヒト以外の動物やその化身を演じる者は、動物を模した面をつけるのではなく、装束の文様等を通じてそのイメージを象徴的に示す。キツネやサギを演じる者はその動物の全身像をつけた冠をかぶる。即ち能と狂言にはそれぞれ実在を超えた動物と実在する動物が登場し、それらを示す表現方法が異なっている。かつて猿楽には超自然的なサルと滑稽なサルが登場し、表現を使い分けていたのかもしれない。だだし,海に棲む猩々やサルの顔を持つ鵺を除外すれば、現在の能にはサルが登場する演目は見つからなかった。なお猿廻し師や、面をつけない歌舞伎役者がサルに関係する演目を宣伝する時には、サルを非常に単純なデザインで表象した括り猿模様(文様)を衣装等に使っていたことが、江戸時代の浮世絵等からわかっている。