抄録
ニホンザルは群れで生活しているため、行動圏利用は群れ内個体数の影響を受ける。例えば、群れの個体数が多い群れほど、より多くの食物資源が必要なために行動圏が広くなる。また、群れ間競争が激しい屋久島では、個体数が少ない群れほど競争に弱いため、移動距離が延びることが知られている。多くの場合、これらの変化は、群れ内個体数が異なる複数群の観察によって捉えられてきた。農業被害を引き起こす加害群は、しばしば有害駆除等により人為的に群れ内個体数の縮小が生じる。これを野外実験として捉えれば、ある群れが個体数の減少によってどのように行動圏利用が変化するかを観察できる機会と言える。そこで本研究では、群れ内個体数が群れの行動圏利用に与える影響について検討することとした。福井県池田町に生息する群れを対象とし、捕獲前後にGPS首輪による位置データの収集をそれぞれ1年間実施した。また個体数カウントを実施した。捕獲の結果、群れ内個体数は捕獲前の68頭から43頭に減少した(63.2%)。行動圏面積は、捕獲前の61.8%に縮小しており、個体数の減少の程度とほぼ同様であった。利用植生は、農地や住宅地の利用割合が若干増加しており、捕獲により被害状況はあまり改善しない可能性が示唆された。群れの1年間の総移動距離は、捕獲後が捕獲前より100km程度長くなっていた。特に秋や冬の移動距離の伸び幅が大きく、開放地から開放地への移動距離が顕著に長くなっていた。ホンドザルは、ヤクシマザルのような群れ間競合が少ないと考えられるため、これらの移動距離の変化は、人間への警戒心に変化が生じた結果と言えるかもしれない。