抄録
以前より,一部のニホンザル餌付け群において老齢個体の社会的孤立傾向が報告されてきた。社会的孤立傾向は,老齢個体の近接頻度の低下や,グルーミング頻度の低下によって定義されるが,その他の社会交渉については言及がない。そこで,ニホンザル餌付け群の一つである嵐山群において,老齢個体の社会的孤立傾向が確認されるかを再検討した。さらに,ニホンザル社会において重要な社会交渉の一つである音声コミュニケーションに関して,老齢個体と非老齢個体で差異が生じているか,またその変化は社会的孤立傾向の影響によるものであるかを検討した。本研究では,26歳以上のメス個体を老齢個体と定義した。老齢個体5個体と非老齢個体5個体を対象に個体追跡を行い,近接(1 m,3 m),グルーミング,発した音声とその前後に生じた行動,他個体の音声が聞こえた際の反応を記録した。調査の結果,まず社会的孤立傾向について,老齢個体は非老齢個体と比べて1 m近接とグルーミングの頻度に有意な低下が見られたが3 m近接では老齢と非老齢の間に有意な差は見られなかった。そして音声では,グルーミング前音声(グラント,ガーニー,ショート・ロー・クー)の発声頻度がグルーミングの頻度低下に依らず老齢個体で有意に低かった。さらに,老齢個体は非老齢個体と比較して音声への反応回数が有意に少なくなるという結果になった。以上の結果より,まず嵐山群のニホンザル老齢個体に社会的孤立傾向があることが改めて確認された。また,グルーミング前音声のもつ緊張緩和の機能を踏まえると,老齢個体では社会関係が縮小した結果少数の他個体との社会的結びつきが相対的に強くなったため,グルーミング前音声の発声頻度が低下したのだと推察される。他個体の音声への反応については,老齢個体の社会的孤立傾向もしくは加齢による聴力低下によるものだと考えられる。