抄録
(目的)房総半島のニホンザル個体群では外来種との交雑が進み,国と県のレッドリストで絶滅が危惧されている。台風による倒壊を乗り越え2022年4月に再開した富津市の高宕山自然動物園は,在来の房総ニホンザルの姿を残す個体群の飼育施設で,日本霊長類学会はこれを外来種問題の域外保全資源として注目している。本研究では,この飼育個体群の管理に必要な基礎情報を集めるために個体識別を行い,個体群の現状を調査した。(方法)2024年10月の全飼育個体を観察と写真撮影で識別し,個体群の性年齢構成を人口ピラミッドにまとめた。常染色体マイクロサテライト14座位の遺伝子型を判定した結果から個体群の遺伝的多様性を推定し,野生群と比較した。また,各個体の遺伝子型をもとに解析ソフトCervusにより血縁構造や群れの繁殖状況について検討した。(結果)69個体(オス37,メス32)の性別と年齢を確認し,人口ピラミッドを作成した。0歳以外の62個体を検査した結果,すべての遺伝標識で多型が検出できた。座位当たりの平均対立遺伝子数は3.857±0.275,平均ヘテロ接合率期待値は0.612±0.031だった。未検査の0歳以外の飼育個体は遺伝的にすべて区別でき,観察と遺伝子による個体識別に成功した。血縁判定では,1歳~4歳の15個体中8個体の父母が特定でき,繁殖に成功したオス3個体,メス7個体が判明した。(考察)野生群に比べて動物園群の人口ピラミッドではオトナオスの割合が高い。しかし,血縁調査では,4歳以下の父親は3個体に限られていた。高宕山の野生群に比べて動物園群の遺伝的多様性は低く,12座位の比較で対立遺伝子平均数は86.3%,平均ヘテロ接合率は92.8%であった。創始者効果初期に予想されるレアな対立遺伝子の消失が先行する多様性低下に似た変化が認められる。今後の飼育管理では繁殖個体数の減少に注意が必要である。