霊長類研究 Supplement
第41回日本霊長類学会大会
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ポスター発表
散楽の転訛説再考:猿楽の「猿」はもともと「サル(monkey)」だった
小川 秀司小川 春子
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会議録・要旨集 オープンアクセス

p. 132

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抄録
能や狂言の原型となった猿楽には,なぜ「猿」という言葉が入っているのか。それは散楽の「サン」が「サル」に転訛したためとされてきた。そして,その「サル」に「猿」という文字が使われるようになったのは,当時の猿楽にはサルによる芸即ち猿廻しが含まれていたため,サルを演じる芸もあったため,あるいは物真似が上手いと思われていたサルが連想されたためと想像されてきた。しかし,「サンガク」が発音の崩れに基づく普通の音韻変化をしたのなら,言語学的には「サガク」か「サウガク」になるはずだと坂元(2011)は指摘している。和語で平安初期に「サルカフ」,中期に「サルカウ」と呼ばれていた芸能が,その後「サルガウ」となり,室町時代に「サルガク」と訓まれる「猿楽」となったと考えられる(坂元, 2011)。一方,世阿弥(1402–)は,「神楽」の旁である「申」を用いて申楽とし,後に「申」を「猿」と書くようになったと記している。この説が正しいか否かはともかく,また世阿弥が何らかの意図を持って識者の発想を借用したのだとしても,確かに猿楽と神楽はサルを介して繋がっていた。古事記や日本書紀によれば,アマテラスオオミカミが天の岩屋に隠れて世界が暗闇になった時,アメノウズメが踊ってアマテラスオオミカミを誘い出した。この歌舞が申楽の始めだと伝えられているとも世阿弥は記している。そしてその後アメノウズメはサルタヒコの妃神となり,その子孫はサルタヒコから「猿」の一文字をもらって「猿女(サルメ)」と呼ばれて芸能を司った。さらに,猿楽の古形「サルカウ」は,「サルカフ」を経て,「サルカヒ(猿飼い)」即ち猿廻しへと遡ることができる(坂元, 2011)。本来は神事であった猿廻しは,サルが舞うことによってウマを厄病から守った。これこそが猿楽という言葉の起源かもしれない。従って猿楽の「猿」はもともとニホンザルの「サル」だったと考えられる。
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