抄録
アフリカの大型類人猿であるゴリラとチンパンジーは,ともに前肢の背側を接地する特異な移動様式であるナックルウォーキング(knuckle-walking, KW)を採用している。このKWが,両種の共通祖先に由来する相同形質であるのか,それとも独立に進化した類似形質(収斂進化)であるのかについては,現在も議論が続いている。本研究では,ゴリラのKWにおいて身体に作用する床反力を計測し,先行研究により報告されているチンパンジーのKW床反力データと比較することで,両者のKWが力学的に共通するものか否かを検討した。具体的には,京都市動物園のゴリラ飼育舎内の運動場において,幅15 cmの水平な梁の途中に,6軸ロードセルを用いた床反力計(15 cm × 20 cm)を直列に2台設置し,その上を自然な生活の中で自発的にKWする成体ゴリラ3個体の前肢・後肢に作用する床反力を計測した。3個体合わせて計90試行の定常KW動作の床反力波形を比較・分析した結果,チンパンジーでは後肢鉛直床反力の最大ピークが前肢の約1.5倍程度大きく,後肢による体重支持の割合が高いのに対して,ゴリラでは後肢の床反力ピークはやや大きいものの前肢とほぼ同等であり,両種の間に明確な違いが見られた。また床反力データからKW時の身体重心の位置エネルギーと運動エネルギーの時間変化を導出したところ,2個体で両者はきれいな逆相を示し,倒立振子メカニズムに基づくエネルギー回収率が相対的に高い,つまり相対的に効率の良いKWをゴリラは実現できていることが示唆された。体サイズで正規化した速度指標であるフルード数がゴリラのKWのほうがかなり小さいため,チンパンジーとの直接的な比較は困難な側面もあるが,本研究で得られた特徴的な床反力パターンと高いエネルギー効率は,ゴリラのKWがチンパンジーのそれとは生体力学的に異なる可能性を示しており,KWが両種において独立に進化した,すなわち収斂進化である可能性を示唆すると考えられる。