抄録
性器擦り行動(genito-genital rubbing:以下、GG rubbing)は、ボノボ(Pan paniscus)において頻繁に観察される社会的・性的交渉である一方、チンパンジー(Pan troglodytes)における報告例は極めて少ない。二種は進化的に近縁であるにもかかわらず、チンパンジーにおいてGG rubbingがほとんど見られない理由は、未だ明らかになっていない。本研究では、札幌市円山動物園において、GG rubbingを習慣的に行うオトナメスのチンパンジーを対象に、行動観察およびビデオ撮影を実施し、ボノボのGG rubbingと比較した。チンパンジーのGG rubbingに関するビデオ記録は、本研究が初めての事例と考えられる。分析の結果、チンパンジーにおけるGG rubbingは、明確な勧誘行動を伴わずに開始されることが多く、抱擁などの相互的な身体接触は確認されなかった。また、行動中に相手個体が身体的反応を示さないことが多かった。GG rubbingはいくつかの社会的文脈で観察されたが、とくに採食時に多く確認された。今後、本個体群においてGG rubbingが習慣的に行われる要因を明らかにするためには、長期的な行動観察が求められる。Pan属二種におけるGG rubbingを種間および種内で比較することは、社会的・性的交渉の生物学的基盤に関する理解を深めるうえで、重要な知見を提供すると考えられる。