抄録
山地帯である新潟県妙高市笹ヶ峰地域では、1980年ごろまではニホンザルの観察例はなかった。その後、無雪期の観察例が報告されるようになり、2019年3月初めて積雪期にニホンザルの群れが観察されるようになった。2020年積雪期のドローン調査等により、笹ヶ峰地域のサルは、妙高個体群とは別の20〜30頭の個体で構成されるいくつかの群れであることが明らかになった。本発表では、笹ヶ峰と妙高個体群との関係及び、それらと近隣地域集団の系統関係を明らかにするため、ミトコンドリアDNAのDループ領域を分析したので報告する。笹ヶ峰(試料数:30)、妙高(26)、糸魚川(2)、小谷(13)、鬼無里(5)、戸隠(5)の各地でDNA試料を採集し、Dループ領域を含む約1200塩基の配列を解読した。また、アメロジェニン遺伝子を分析し、試料の性判別を試みた。6地域集団から5種類の塩基配列が検出された。タイプ1,3,4及び5は互いに近縁だったが、タイプ2はそれらと大きな違いがあった。中部地方各地のリファレンスデータとともに系統分析を行った結果、前者は中部山岳系統Bに、後者は中部山岳系統Aに含まれた。笹ヶ峰、妙高、戸隠ではタイプ1が頻繁に観察された。タイプ2と3は妙高で、タイプ4と5は笹ヶ峰でそれぞれオス1頭のみで観察された。一方、糸魚川と小谷ではタイプ2が頻繁に観察された。小谷の1個体がタイプ3であった。また、鬼無里ではタイプ2と3が見つかった。以上の結果から、笹ヶ峰、妙高及び戸隠の個体群は共通祖先をもち、この地の人間活動による植生変化などの影響をうけた結果、現在の生息状況になったと考えられた。また、タイプ2は、北陸日本海側から姫川流域に広域分布するタイプと思われ、糸魚川及び小谷個体群の来歴は、妙高周辺の個体群とは違うと思われた。妙高と小谷は、それぞれ鬼無里とオスを介した遺伝子流動があるかもしれない。