抄録
国内の動物園ではマカクやヒヒ等の群を岩山で見せる展示が一般的だが,その展示空間をデザインするうえで必要な福祉的配慮に関する知見はほとんどない。東武動物公園では,アカゲザルの安全性確保と福祉向上を目指して2024年3月に展示場がリニューアルされ,岩山形状の複雑化,滝やプール,トンネルの拡張,芝生や樹木など植物の新規導入が行われた。そこで本研究では,リニューアルによるサルの福祉的影響について評価することを目的とし,リニューアル前後のアカゲザルの利用場所の選択および行動について調査した。供試個体は,社会的順位の上位および下位に属する雌雄各2頭の計8頭とした。リニューアル前は2022年6月から2023年10月までの計16日間,リニューアル後は2024年5月から同年10月の計28日間,日中の肉眼観察により各個体の利用場所と行動を記録した。結果,リニューアル前はどの個体もモートと岩山を多く利用したが,リニューアル後はモートと岩山の他,芝生帯や山間,トンネルの利用が見られた。特に上位個体はトンネルの利用,下位個体は岩山とトンネルの利用が有意に増加した。また気温が高くなると,上位個体はトンネルや滝裏を優先的に利用し,下位個体はモートや岩山の日陰を利用していた。行動変化については,リニューアル後に上位オス・メスと下位オスで移動が有意に増加し,敵対行動は性別や社会的順位に関係なく有意に減少した。以上のことから,リニューアルにより環境内の要素が多様化したことで上位個体に限らず下位個体も利用場所の選択肢が増えたといえる。また,夏場の利用が増えたトンネルや滝裏は気温の上昇の影響が最も少ない場所であったことから,避暑地として常時日陰になる場所の十分な面積の確保が必須であると考えられる。さらに,他個体の視界に入りにくい場所や複数の逃走経路が確保された岩山形状は,敵対行動の抑制につながることが示唆された。