平和研究
Online ISSN : 2436-1054
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3 アチェに生きた日本人――マフムド・白川正雄
佐伯 奈津子
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2025 年 63 巻 p. 51-80

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抄録

本論文は、アジア太平洋戦争後もインドネシアに残留し、インドネシア独立戦争に参加した元日本軍将兵(残留日本人)、なかでもその生涯を通じてアチェを離れなかった白川正雄を中心に、アチェと日本の関係史を再構築することを目的としたものである。

旅順で生まれた白川は、上海の東亜同文書院に入学、学徒出陣して特攻隊員となり、シンガポールで特務機関・茨木機関員となった。日本の降伏後、単身でアチェに入り、イスラームに入信、アチェ人女性と結婚するが、インドネシア独立戦争期については断片的にしかわかっていない。インドネシア国軍を除隊した白川は、診療所・薬店のほか鶏などの養殖、野菜の栽培と販売、運送業、コーヒー店や理髪店の経営など、さまざまな事業を展開した。白川はまた、アチェに進出する日本企業の現地顧問として、アチェと日本のあいだの理解と信頼の醸成に尽力した。

白川は大東亜戦争の大義を信じ、その人生は大東亜共栄圏の実現という初志を貫くものだった。しかし、日本軍政開始直後にアチェで起きた抗日反乱に際して焼失したとされるモスクの再建にも尽力した姿から、白川が実は大東亜戦争に複雑な思いを抱いていたことも推測できる。旅順で生まれ育ち、アチェで生涯を終えた白川にとって、日本は実体をともなう祖国ではなかった。白川は、理想の祖国としての大東亜共栄圏をアチェで実現しようとしたのかもしれない。

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