本稿は、国連創設80年の今日、「国連と平和」を語る難しさの背景を政治・安全保障面から検討するものである。アメリカの主導による多国間主義は冷戦終結後に全盛期を迎えたと考えられるが、長年の財政赤字やアフガニスタン撤退、トランプ政権の登場などを経て多国間主義への支持が弱まり、国連システムへの関心も全体として低下した。ロシアのウクライナ侵略での拒否権行使は、安保理の機能不全というより、P5に重大な利害がある案件では決議が通らないという憲章構造の限界を露呈したに過ぎないものと位置づけられる。その結果、OSCE 等の地域機構やアド・ホックな少数国枠組みが紛争処理を担う「国連迂回」が進展し、同時に事務局・専門機関の重複や官僚主義が財政難とともに厳しく批判され、大幅な構造改革を求められている。1960年代の脱植民地化に端を発する、今日のいわゆるグローバル・サウスと呼ばれる諸国の台頭により加盟国の構成や国連への期待は大きく変わったにもかかわらず、安保理の構成は1945年当時の大国中心のままである。著者は、国連の集団安全保障が実際に機能した時期はごく短いと冷静に評価しつつ、日本などの中堅国が「法の支配」や民主主義の擁護、自由で開かれたインド太平洋構想などを通じて、多国間主義の後退を食い止め、大国間協調と国連体制への信頼再建に努める必要があると結論づける。
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