抄録
【はじめに,目的】
沖縄型神経原性筋萎縮症(以下,HMSN-P)は,成人発症の常染色
体優性遺伝性疾患で,近位筋優位の筋力低下・筋萎縮,深部腱反
射の低下・消失,感覚障害,緩徐進行性の経過を特徴とする遺伝性
運動感覚ニューロパチーである.本研究では,ロボットスーツHAL
医療用下肢タイプ(以下,HAL)による立位・歩行を施行し,数年ぶ
りに立位・歩行を実現した1例の効果とQOLへの影響を報告する.
【症例紹介,評価,リーズニング】
60代男性,X年にHMSN-Pと診断.家族歴に沖縄県出身の父・
叔父が同病.X+3年に電動車椅子使用,X+6年に訪問診療開始.
X+11年,HALリハビリを目的に当院入院.入院時評価は,FIM
64点(運動項目29点,認知項目35点)であった.徒手筋力測定(以
下,HHD)による膝伸展筋力は右4.7kg,左5.8kg.MRCスコア
は28点,TISは16点,TCTは49点であり,座位保持では介助が
必要であった.長期間の電動車椅子生活により,ADLが著しく低
下していた.HALを用いて立位・歩行を施行し、筋活動の促進を
図り,QOL改善を目指した.
【倫理的配慮,説明と同意】
本研究は当院の倫理委員会の承認を得た.患者に研究目的,方法,
個人情報保護について説明し,書面による同意を得た.
【介入内容と結果】
5週間の入院期間中,HALを用いた歩行訓練を週3回(1回60分),
計13回実施.安全性を配慮し免荷機能付き歩行器を併用した.
退院時評価では,FIMは68点(運動項目33点,認知項目35点),
HHDは右4.9kg, 左7.7kg,MRCスコアは28点,TISは16点,
TCTは49点と評価結果に大きな変化はなかったが,端座位保持
が自立となった.さらに殿筋群,腹筋群の収縮触知が可能となり,
前後方向へのお尻歩きが可能となったことから移乗時の部分的な
介助量が軽減した.今回,HALを使用し,約8年ぶりに立位・歩
行が行えたことで,患者の達成感と意欲が大幅に向上した.
【考察】
今回,HALを使用した運動療法を施行するにあたって目標を立位・
歩行の再獲得ではなく,身体機能維持や介助量軽減を踏まえた介
入を行なった.HALによる立位・歩行によって,体幹機能は変化
がなかったが,座位姿勢の安定性,移乗動作の改善,介助量の軽
減に繋がった.また進行性疾患であるHMSN-P患者において,数
年ぶりに立位・歩行を実現したことは単なる身体機能の改善以上
に,QOLへの影響を与えた.実際「立った姿勢からの景色が久し
ぶりでまた観れると思ってなかった」と話されていた.今後は,長
期的効果や適応基準の検討など,さらなる研究が必要であると考
える.