2020 年 42 巻 5 号 p. 230-234
トランジスタや太陽電池等の電子デバイスは,電子がもつ電荷の輸送を利用した電子デバイスである.もう1つ,電子は電荷の他にスピン角運動量を合わせもつ.つまり,電子自身がミニ磁石の性質をもつ.そのような電子の電荷とスピンの両方の性質を利用して新しい電子デバイスを生み出す研究分野を,スピントロニクスと呼ぶ.本稿では,スピントロニクスで注目されている電流駆動磁壁移動デバイスをめぐる材料研究について,特に,放射光を利用したX線磁気円二色性測定について紹介する.放射光を利用する測定装置は大変大掛かりである.大小何万点もの部品から構成される電子の加速器と,電子の加速により放射光を効率よく生み出すための電磁石群およびそれらの制御装置,電子の通り道を真空引きするための多数の真空ポンプ等が,全て正常に動作して初めて安定した放射光が得られる.さらに,放射光を試料に照射して得られる信号も微弱であり,ノイズを極限まで抑えた測定が要求される.このように,多くの装置の高い信頼性の上に成り立つ測定である.