保全には,事後保全と予防保全の2つの代表的な方法があり,どちらにもメリットとデメリットがあることは周知の通りである.ライフサイクルコストに関する伝統的な議論では,ライフサイクルコストを最小化するためには,取得コスト,運用及び保全段階のコスト,廃却コストのトレード・オフ関係をふまえて,事後保全ではなく予防保全を選択することが望ましいとされてきた.しかし,ライフサイクルコストの最適化という観点から考えると,常に予防保全が望ましいとは限らず,アイテムや稼働状況などによって保全の頻度や内容は変わることから,事後保全と予防保全を柔軟に使い分けて考えることが大切である.特に,事後保全を選択すると,アイテムが稼働する際に安全性のリスクが高くなり,アイテムの不具合に起因して発生するコストの発生確率が高まり,損害額も巨額に上ると予想される場合には,予防保全を選択すべきである.本稿では,ライフサイクルコストの算定を念頭において,コスト最適化の観点から事後保全と予防保全の使い分けについて検討する.
本稿では,信頼性における保全理論について解説する.設備保全に関する研究にはさまざまなものがあるが,とくに確率過程論における再生過程を応用した保全取替方策には多くの論文・参考書が存在する.それらを模したものにしないため,まず保全性・信頼性に関する近年の世界的な事例を扱った教科書であるMaintenance & Reliability Best Practices, third editionの紹介を行う.次に,それをもとに保全理論の展望について筆者の考えを記述し,関連するモデルを紹介する.とくに,停止期間中に修理を実施するシステムについて,費用最小化問題と利益最大化問題を扱う.
本稿ではディペンダビリティの定量的な評価に関する幾つかの尺度を取り上げ,これを向上させるという観点から保全性の役割について述べる.信頼性で用いられる信頼度や故障率と異なり,ディペンダビリティに関する一般的な尺度は存在しないが,学術研究の特定分野や現象の中で独自の尺度が使用されることがあるため,これらと保全性との関係について説明する.そして,保全性を改善させる上で特に重要なのが保全性設計であり,ディペンダビリティを向上させる上で有用な指針について言及する.さらに,保全性設計を軽視することで生じる問題を,事例を用いて論じる.
JR東日本では,鉄道信号システムの保守業務におけるDXを推進している.本稿では,従来の目視や夜間作業に依存した保守方法を刷新する3つの事例を紹介する.特殊信号発光機の視認性確認では,近赤外線と画像処理技術により昼間の営業列車から検査を可能にした.ESII形電気転てつ機では,クラウドを活用したデータ監視により検査頻度を削減するCBM化を試行した.さらに,軌道回路用信号ボンドの状態を画像差分で判定するモニタリング装置を活用し,年間約10万本の検査を効率化.これらの取り組みにより,保守作業の省力化と品質向上が実現した.
通信ビルは社会インフラとして極めて重要であり,ICT機器の発熱量増加にも対応できる信頼性が空調装置には求められる.空調停止による室温上昇は通信サービスに支障をきたすため,空調機の保全が不可欠である.保全には「予防保全」と「事後保全」があり,前者はリスク低減に有効だがコストが高く,後者は費用面で有利だがリスクが高い.これらの課題を解決する方法として「状態基準保全」が注目されており,故障診断に基づいて必要なタイミングでメンテナンスを行うことで,無駄な部品交換を避けつつ,サービス停止リスクも抑えることが可能となる.
弊社では,空調機の運転データ(冷媒圧力,温度,ファン回転数,電流値など)からAIやビッグデータ分析を用いて故障予見ロジックを構築している.故障予見の精度向上と,予見タイミングの最適化により,保全業務の効率化とサービスの安定提供を目指している.
今後の展望として,予見技術と運用の両面からリスク低減を図り,保全業務のさらなる業務効率の高度化が期待される.
高齢化の進行に伴い,医療や介護の逼迫が懸念される中,筆者らは健康な状態と要介護状態の中間に位置するフレイルに着目し,多感覚ICT(Information and Communication Technology)を用いたフレイルの予防・早期発見・回復支援システムの研究開発を進めてきた.多感覚ICTは,視覚・聴覚・触覚・嗅覚など複数の感覚を同時に刺激でき,高齢者の認知機能と身体機能を効果的に活性化する可能性を有する.本研究開発は,高齢者が生き生きと活動し社会参加できるエイジフリー社会の実現と,要介護期間の短縮を目的としたものであり,2022年度から2024年度に実施された「知の拠点あいち」重点研究プロジェクト第IV期において,顔集中度判定システム,症状階級分け・テーラーメイドシステム,予防・見守りシステム,メタバース歩行支援システム,遠隔検査・リハビリシステム,手指デバイス,歩行支援デバイスの七つを開発ターゲットとし,デバイス開発からシステム構築・評価まで包括的に取り組んだ.本稿では,これらの概要を示すとともに,特に多感覚ICTの特性を生かしやすい仮想空間を活用する二つのシステム(遠隔検査・リハビリシステムの一つである仮想書道システムと,メタバース歩行支援システム)を中心に紹介する.
本稿では,地すべり・斜面崩壊の発生時刻を予測する方法のうち,斜面上の変位の計測に基づく方法について解説する.まず斜面の崩壊前の変位の経時変化は,掘削後の斜面のように応力が一定条件下では,金属のクリープのように,第一次クリープ(変位速度減少),第二次クリープ(変位速度一定),そして第三次クリープ(変位速度増加)が出現し,崩壊に至るが,土砂災害の主な誘因である降雨下の斜面では,第三次クリープのみ発現することが多い.また地下水位上昇など斜面内の応力の変化に合わせて第三次クリープによる変位急増が発生することが多いが,応力変化に遅れて変位が急増することもある.斜面上の変位の計測は,対象斜面の変状に気づいてから開始されることが多いため,第三次クリープ段階での加速的な変位を用いた,崩壊発生時刻の予測手法が多く提案されている.代表的なものが,変位の速度−加速度関係の両対数軸上での線形関係に基づく福囿の方法である.また最近では崩壊発生時刻の予測の前段階として,第三次クリープの変位の加速的増加の開始を判断する手法も提案され,より早い段階での住民の避難のための情報としての活用が期待されている.
総合信頼性,機能安全及びSOTIFの関係について,特に,安全機能を遂行する安全関連系の保全における診断/プルーフ・テストについて詳細に述べた.安全性はリスクによって評価されるが,リスクの要素「危険事象の起こり易さ」を危険事象率(危険事象が生起するまでの時間の統計的期待値の逆数)で表す方法を述べた.安全関連系が達成する機能安全性能を安全度水準(SIL)で規定すること,安全機能の危険側故障率及び平均アンアベイラビリティ(PFDavg)をSILの目標機能失敗尺度とすることを述べた.診断/プルーフ・テストの間隔を考慮した修復率を含む信頼性諸特性で定まる目標機能失敗尺度と危険事象率との関係を定式化する方法を紹介した.製品の出荷後,製品の不具合により危険事象が生起してリコールが発生するリスクの定式化法にも言及した.それらの定式化は様々なリスクに起因するコスト分析に有用である.現行の安全性と経済性との関係に係る考え方について紹介し,今後,経済的制約下でのコスト最適化により安全性を確保するマネジメントの有用性を指摘した.
本稿では,危険感受性を「好ましくない事態が生じる前に危険源を危険であると知覚できる能力(危険源を発見する能力)」[1]と定義する.そして,労働者が事故やヒヤリハットの情報,すなわちリスク情報に触れる際に,その内容を自己に置き換えて考えることで危険感受性が高められるのではないかという展望のもと,以下の点を検討した.すなわち「リスク情報に対する自己への置き換えがどのように行われ,その傾向に個人差が関与するのか」,そして「リスク情報に対する自己への置き換えと危険感受性の間に関連がみられるか」である.実験の結果,リスク情報に対する自己への置き換えの傾向は個人特性として捉えることが可能であることが示された.また,この個人の傾向が危険感受性と関連する可能性が示唆された.
少子高齢化や労働人口の減少,担い手不足が進む中,ローカル線を含む鉄道ネットワークの維持には,自動運転ATOの導入が有効である.日本のATOは,ATCによる保安制御の下で機能するシステムとして,新交通システムや地下鉄などに導入されている.JR九州では,ATCではないATS-DKをベースとして,運転免許不要のスタッフ(自動運転乗務員)を車両先頭に添乗させて,緊急停止等にあたらせる新型ATOシステムを開発した.このシステムは日本ではGOA2.5と整理され,在来線の自動運転化を実現するものとして期待されている.本論文では,ATS-DKベースGOA2.5システムの自動運転乗務員の担務内容や,資格要件,及びその養成についての検討成果について述べる.