理学療法学
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症例報告
視空間認知障害と病態失認を呈した症例に対する包括的リハビリテーション介入
—Anton症候群とBalint症候群への対応—
笠井 翔吾 井口 悠也堀 太貴影治 照喜丸笹 卓也
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2025 年 52 巻 1 号 p. 44-50

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要旨

【目的】可逆性脳血管攣縮症候群による両側頭頂後頭葉梗塞でAnton症候群とBalint症候群を呈し,特徴的な症状により日常生活動作(Activities of Daily Living:以下,ADL)が高度に低下した極めて稀な症例を経験したため考察を踏まえて報告する。【症例紹介】70歳代,女性,入院前ADLは自立していた。可逆性脳血管攣縮症候群による両側頭頂後頭葉梗塞の発症後から病態失認と視空間認知障害に伴う障害物への衝突によりADLに介助を要していた。【経過】脳梗塞発症11日目に当院へ転院し,翌日よりリハビリテーションを開始した。退院後生活への順応を目的とし,病態の理解を促しつつ,残存した機能を用いた代償戦略の獲得や家屋訪問による環境設定を行ったことで発症69日目に自宅退院に至った。実際の生活状況に応じた多職種による支援を今後も継続する必要がある。【結論】これらの症候群についての知見を広げ,周知していくことで,体系的な介入への一助となる可能性がある。

はじめに

皮質盲は,両側後頭葉皮質の障害により,視交叉までの視路や視覚器が正常であるが視覚を喪失している状態である。Anton症候群は,両側後頭葉の損傷により起こりうる病態失認の1つであり,視覚障害の自覚が無い皮質盲をきたす1。この症候群の患者は,客観的には明らかに視覚を失っているにも関わらず,あたかも見えているかのように振舞い,作話により視覚障害を否定することも多い2

Balint症候群は,視覚性運動失調(対象を注視してもうまく掴むことができない),視覚性注意障害(対象物を注視すると周囲にあるその他の対象物を認知できない),精神性注視麻痺(視覚刺激に対して随意的に視線を移動させることができない)を3徴とし,両側頭頂葉から後頭葉の障害により生じうる視空間認知障害の1つである3

いずれの症候群も特徴的な症状により日常生活動作(Activities of Daily Living:以下,ADL)の著しい低下を来すが,稀であるためリハビリテーション介入による実際の経過についての報告は少ない。今回,可逆性脳血管攣縮症候群による両側頭頂後頭葉梗塞にAnton症候群とBalint症候群の両方を合併した極めて稀な症例を経験した。高次脳機能的な問題点に対し,病態に応じた直接訓練および代償戦略の提供や,家屋訪問による環境設定にて自宅への退院が可能となったため,考察を踏まえて報告する。

なお,倫理的配慮として,本人に報告の目的と趣旨および個人情報の取り扱いについて書面を用いて説明し同意を得た。

症例紹介

70歳代,右利きの女性,夫と二人暮らし。既往歴に高血圧症と右アキレス腱断裂があり,発症前のADLは全て自立していた。20XX年X月Y−12日,散歩中に激しい頭痛があり鎮痛剤を内服し様子を見ていたが嘔気があり食事の摂取が出来なかった。X月Y−2日,症状が改善しないため徳島県立海部病院(以下,当院)脳外科外来を受診した。頭部Magnetic Resonance Imaging(以下,MRI)検査で,左前頭葉円蓋部に限局したくも膜下出血があり,脳動脈瘤は認めなかったため保存的治療の方針となり同日入院した。食欲低下はあったものの座位での食事摂取やトイレ歩行は可能であった。X月Y日に「自分が一人になったような気がする。」という訴えと共に食事摂取や歩行が困難となった。頭部MRIの再検査では両側頭頂葉から後頭葉にかけて新規の高信号域が出現しており,脳血管造影検査を含めた精査を目的としてA病院へ転院した。脳血管造影検査では,両側の後大脳動脈に分節状の血管攣縮を認め,限局したくも膜下出血や両側頭頂後頭葉梗塞の原因として可逆性脳血管攣縮症候群と診断された(図1)。

図1 Y+4日目の頭部MRI検査(a:拡散強調画像,b:FLAIR画像)

左優位に両側の上頭頂小葉,後頭葉に高信号域を認めた.

A病院転院時の眼科の評価では,矯正視力は右0.15,左0.3で,右眼の求心性視野障害と左眼の下方水平半盲があり,皮質盲の状態であったが,「ぼやけているだけで見えている。」と頑なに視覚障害を否定しAnton症候群と診断された。カルシウム拮抗薬による血圧管理などの保存的治療で軽快したものの,歩行時に障害物への衝突があり,トイレ動作時には便座が認識できず常に介助を要した。

リハビリテーションの継続と療養場所の選定のためX月Y+11日に当院の地域包括ケア病棟に転院した。両側頭頂後頭葉に病変を認め,視覚性運動失調や視覚性注意障害,精神性注視麻痺の3つの症状から転院後にBalint症候群と診断された。

1. 理学療法初期評価(X月Y+12日)

1)神経学的所見

意識は清明で,運動麻痺,感覚障害,粗大筋力および関節可動域の低下は認めなかった。対座法による視野検査では両眼共に右下四分盲を認めたが,その際も「見えてはいるが,どう言えばよいか分からない。」,「ぼやけるだけ。」といった発言があった。また,ベッドサイドでの簡易的な眼球運動検査では,視覚消去現象や両側眼球の運動制限はみられなかったものの視線の固定により衝動性眼球運動や滑動性眼球運動ではともに遅延が認められ,頻回な瞬目があり眉間に皺を寄せていることが多かった。鼻指鼻試験では,検査者の指ではなく顔を注視し,そのまま顔に向かってリーチする場面が見られた。さらに,検査者の指をしっかりと注視させた場合も,両側上肢ともに部分盲領域を含めた全ての視野で指先への正確なリーチは難しく,視覚性運動失調があると判断した。Berg Balance Scale(BBS)は41/56点で転倒の危険性は高かった。

2)神経心理学的所見

礼節は保たれ検査に協力的であった。Mini Mental State Examination(MMSE)は27/30点であった。遅延再生,図形模写,書字の項目で失点しており,図形模写は1つの五角形しか認識できていなかった。また,書字は文字と文字の間隔がまばらで(図2a),垂直および水平性が保てず,視覚性注意障害があると考えられた。行動性無視検査(Behavioral Inattention Test:以下,BIT)は92/146点(線分抹消試験28/36点,文字抹消試験29/40点,星印抹消試験34/54点,模写試験0/3点,線分二等分試験1/9点,描画試験0/3点)であり,主に抹消課題にて右側の見落としがあったことから半側空間無視を認めた。Catherine Bergego Scale(以下,CBS)は自己評価3/30点,観察評価10/30点で,自己評価と観察評価の乖離から,行動無視における軽度の病態失認があると判断した4。Trail Making Test(TMT)はA-part, B-partともに練習段階から実施困難であった。

図2 視覚性注意障害による書字障害(a:初期評価時,b:最終評価時)

a:次の文字に移る際,前の文字との距離感が掴めず水平性が保てないと訴えた.b:多少の歪みはあるものの,文字間のバランスは改善した.

3)ADL

食事場面では食器に向かって手をまっすぐ伸ばせず,距離感が掴めないため,手でお盆の上を探る動作が観察された(視覚性運動失調)。歩行はフリーハンドで可能だったが,特に右への曲がり角の壁や下方の障害物を認識できずに衝突する場面が多く見られた。衝突後には対象を避けて軌道修正することができず,障害物の前で悩み立ち止まってしまうため方向の誘導が必要であった。動作中の視線は前下方に固定されており,障害物をあらかじめ介助者が意識させると認識は可能であったが,回避する途中で対象と進行方向を見失っており精神性注視麻痺が考えられた。座面や背もたれの認識はできていたが,トイレ動作時に便座の位置を認識できずに空中に臀部を下す自己身体定位障害による着座障害を認めた(図3a)。Barthel Index(以下,BI)は75/100点であり,失点した項目は,着座障害による移乗動作,トイレ動作,転倒リスクにおける入浴動作,障害物への衝突のために介助が必要な歩行,段差に対して過剰に足を振り上げることや過小な踏み出しで声かけを要する階段昇降であった。これらより自室内のADLにも介助が必要な状態であった。

図3 着座障害と触覚による代償戦略およびその改善の経過

a:空中に何度か臀部を降ろし,座面が無いことに気づくとその度修正していた.最終的に着座しても椅子と自身の方向が合わせられなかった.b:触覚による代償で座面の位置を確認すると初回から比較的スムースに着座に成功した.難易度調整のため最初は手すり付きの安定した椅子を用いた.c:同訓練の反復により椅子と自身の方向をあわせての着座が可能となった.

2. 治療および経過

本症例は両側頭頂後頭葉梗塞に伴う高次脳機能障害にて著しいADLの低下を来していた。Demandは自宅で安全に生活を送ること,Needは障害物への円滑な対応と正確なリーチ動作の獲得であると考えた。

視覚認知練習ではポインターを用いた眼球運動や視覚探索練習を実施し,徐々にペグボードやアクリルコーンなど上肢を用いたリーチ動作へと繋げた。視野内で行える課題から始め,眼球運動および頸部回旋を誘導するように難易度を調整しつつ探索範囲を広げた。また,片手での課題が上達した段階で,両上肢での同時課題に移行し,周辺視野の認識を促した。着座動作の代償戦略として,椅子は肘掛けや背もたれがあるものを使用し,触覚的手掛かりを積極的に用いることで視空間認知障害の補填を図り,着座をパターン化させた(図3b)。

障害物への対応には,平行棒内での障害物歩行から始め,進行方向を分かりやすくした上で実施した。初めは,足部が障害物に触れるまで認識できなかったが,杖を使って距離感を把握させ,言語化や指差しで動作を意識させることで徐々に回避できるようになった。また,障害物が複数ある場合は同時に認識できないため,動作速度を落とすことや事前の動作計画を強化することで代償を図った。動作能力の向上に伴い,X月Y+17日にはポータブルトイレから自室内トイレが自立に,X月Y+38日には歩行器での移動,X月Y+57日には杖使用での移動が自立となった。入院中の転倒や転落は一度もなかった。リハビリテーション以外の時間では,間違い探しや迷路,書字プリントなどの自主トレーニングを提供した。

家屋環境については,歩行の安定性が得られてきたタイミングで生活環境の把握および動作練習に必要な情報収集を目的に家屋訪問を行った(X月Y+30日)。そこでは住宅改修の余地を把握するとともに本症例や夫と転倒の危険性や現状の認知機能と身体機能との乖離を共有することができた。訪問後は,介護保険の申請手続きを進めることや,Needの設定と課題指向型の動作練習に活かした。本症例も退院後生活を意識することで自主トレーニングへの積極的な取り組みなどモチベーションの向上がみられた。退院前には身体機能の向上と住宅改修期間を考慮し,再度,作業療法士,社会福祉士,ケアマネージャー,住宅改修業者と共に2度目の家屋訪問を行った(X月Y+55日)。その際には,寝室を2階から1階に移し,手すりの設置および段差解消,通路の障害物の整理を提案した。X月Y+67日に住宅改修が完了し,X月Y+69日に自宅退院した。退院後の生活への順応を補助する目的で訪問リハビリテーションを導入することになったため,担当者と連絡をとり,入院中の経過や退院後の目標を共有した。退院後は当院への外来通院を継続している(図4)。

図4 入院経過

介入初期には視覚認知練習から開始し,リーチ動作練習に繋げた.身の回りのADLが自立したタイミングで移動に必要な障害物への対応練習を実施した.その他のADLについては入院を通して環境設定と代償動作の提案および練習を実施した.退院時までに住宅改修,訪問リハビリテーションの導入を進めた.

3. 理学療法最終評価(X月Y+67日)

理学療法評価の推移を表に示した(表1)。両眼の右下四分盲は残存しており,主観的な見え方も転院時とは変わらなかった。視線の固定は認めるが,衝動性眼球運動と滑動性眼球運動はある程度可能になった。鼻指鼻試験では対象を見つめつつ正しくリーチすることが可能になり,視覚性運動失調はある程度改善していたが,周辺視野に対してのリーチは変わらず失敗を認めた。

表1 理学療法評価の推移

検査項目X月Y+12日X月Y+67日
意識レベル清明清明
Barthel Index75点85点
Berg Balance Scale41点52点
運動麻痺なしなし
感覚障害なしなし
視野障害両側右下四分盲両側右下四分盲
鼻指鼻試験陽性陰性
Mini Mental State Examination27点29点
Behavioral Inattention Test92点118点
線分抹消28点30点
文字抹消29点32点
星印抹消34点49点
模写0点0点
線分二等分1点6点
描画0点1点
Catherine Bergego Scale
自己評価3点1点
観察評価10点3点
Trail Making Test
A-part実施困難327秒
B-part実施困難418秒

書字の場面では,文字と文字の間隔は正常に近づき,重なり合うことは無くなり視覚性注意障害は軽減していた(図2b)。BIT, CBSの点数からは半側空間無視の改善があったと考えられた。CBSの自己評価と観察評価の乖離が減少していたが,代償戦略による適応が影響していると考えられた。

食事場面での食器へのリーチは改善し,スムースに食事を摂ることができるようになっておりADL場面での視覚性運動失調は改善していた。移動は常に周囲を注意することでほとんどの場面で障害物を回避することができた。視線の固定については介助者が注意を促せば視線の移動が可能だが,それ以外の時間は前下方に固定されていた。自身の移動においても,視線の固定のため,随意的に対象をとらえることが難しく,精神性注視麻痺は不変であったと考えられた。自己身体定位障害による着座障害は触覚を用いた代償戦略にて改善し,最終的には触覚による手がかりを得ずとも着座ができる頻度が増えた(図3c)。BIは85/100点に向上したが,自立していなかった入浴動作,安全を考慮して歩行器を利用していたため歩行の項目,見守りを要した階段昇降においての失点は残存した。

考察

皮質盲の25人の患者の検討では,3人が盲であることを否認し,4人は視覚障害があることに気づいていなかったという報告があり5,皮質盲の患者への対応の際には,Anton症候群を念頭におく必要がある。また,部分的な視野障害を呈した症例でも病態失認を呈したことが知られており6,稀であるとされてはいるものの,実際の患者数が少なく見積もられている可能性がある。皮質盲の改善において,予後良好因子は40歳未満,高血圧症または糖尿病の既往がない,認知機能・言語機能・記憶の障害がないこととされ,脳梗塞が原因である場合は予後不良とされる5。本症例は,高齢で,高血圧症の既往と病因が脳梗塞であったことから視覚障害の改善は見込みにくいと考えられたが,A病院から当院転院までの間に,脳浮腫の軽減によると思われる視野障害のある程度の改善があった。

過去の報告では,Anton症候群への有効な介入は,皮質盲に対する直接的な訓練よりも,ADLを改善させる代償戦略を指導することとされている7。代償戦略の獲得にあたって,残存している機能の評価と盲であることを自覚させることが必要であり,実際に視覚障害を自覚することができたAnton症候群の患者では適切な支援を受けることができている8。小山らによる病態失認患者の改善過程の報告では,失敗体験そのものが目標と自己の能力の乖離を自覚するきっかけになったとされており9,本症例でも動作訓練の際に過剰な介助や声掛けを控えることや家屋訪問にて現状の理解を促した。

Balint症候群の3徴(視覚性運動失調,視覚性注意障害,精神性注視麻痺)は1つの病的機序に由来する一連のものと考えられていたが,各徴候が単独で出現する症例が報告されている1011。各徴候の独立性が考えられており,3徴を全て満たす症例は稀であるものの,ADL場面の問題点として各徴候に単独で遭遇する可能性がある。

脳梗塞の急性期では,その機能的な改善が,治療による脳血流の改善や脳浮腫の軽減によるものなのかリハビリテーションによるものなのか判断しづらい。過去の報告では,Rosselliらは,原因となった脳梗塞の発症から1年以上が経過した後に診断されたBalint症候群の患者に対して,視覚認知課題と機能適応課題を主軸としたリハビリテーションを行うことで視空間認知能力と生活自立度が改善したことを報告しており12,障害された脳組織の自然回復期間を過ぎた後でもリハビリテーション介入が有用であることを示唆している。また,感覚障害がない同症候群の患者には視空間認知障害に対して,聴覚や触覚の利用,位置関係の簡略化,動作のパターン化およびその反復による介入が有効とされている1314。本症例は,Y+11日目から69日目までの,急性期から回復期にあたる約2ヶ月間を地域包括ケア病棟で過ごしている。ADLや机上検査の改善がリハビリテーションの効果であったと明言することは難しいが,脳機能の代償的な改善に寄与した可能性がある。しかし,本報告は単一の症例報告であり,アプローチの一般化のために症例を蓄積する必要がある。

障害物への円滑な適応について,本症例ではBalint症候群の3徴に加え,自己身体定位障害による着座障害が問題であった。自己身体定位障害は視覚的に与えられた物体に対しての自己を正しく定位することができないという障害であり,両側上頭頂小葉の障害により出現しうる15。本症例と同様にBalint症候群の患者で着座が困難となる症例が少数ながら報告されており16,両側の頭頂葉病変を来す患者では両者が合併することがあると考えられる。介入では主に触覚を用いた代償的な動作練習を中心に行い,位置関係を簡略化した上で反復させることにより,最終的には触覚を用いずともパターン化された動きをこなすことができた。

また,Balint症候群の患者が,視野内の物体を鮮明にするために瞬目を増やしていた症例が報告されている17。本症例でも,発症前より瞬目が明らかに増えており,自発的に対象を鮮明にしようとしていた可能性があった。瞬目をあえて増やすように指導することが有効であるのかは今後検証する必要がある。

正確なリーチ動作の獲得において問題となった視覚性運動失調は,注視下(中心視野)で物体を捉えているにも関わらず,その物体を掴む際に的を外してしまうOptische Ataxie(以下,OA)と,注視点の物体を手で捉えることは可能であるが周辺視野で物を捉えることが困難なAtaxie Optique(以下,AO)の2つに分類され,視覚性運動失調の多くは早期(発症2~3ヶ月以内)に消失する。Balint症候群の患者ではOAとAOの両方を伴うことがあり,発症3ヶ月以降もAOが残存する患者では両側頭頂後頭葉病変,特に上頭頂小葉近傍に病巣がある場合が多いとされる18。本症例は,退院時にはOAは改善していたものの,同様の病巣であるためAOが遷延すると予想された。ADL場面において周辺視野で物を掴むことは非常に少なく,行動制限に繋がる可能性は低いと考えられるが,対象に手を伸ばす際に中心視野で行うことを勧めた。

本症例は半側空間無視も出現しており,過去の報告からもBalint症候群に併発する症状の1つとして挙げられている19。入院初期には右側の障害物への衝突や机上課題での症状がみられたが,Balint症候群の症状との鑑別は難しかった。

高次脳機能障害は何が起こっているかわからないという困惑や不安,混乱によって患者や家族を悩ませ,入院中は目立たなかった問題点が退院後の社会生活で顕在化することがある。Balint症候群の患者で,ある程度の改善や生活への順応は得られるものの,視空間認知障害が長期間残存する症例が報告されている1820。退院後の生活について,Parezらは日常生活への参加を増やし,患者の対処能力や自信を向上させる戦略を提唱しており14,残存する症状や実際の生活状況に応じた代償戦略の獲得が必要になる。本症例は入院中に2度の家屋訪問を行うことで,実際の生活動作に近い課題指向型の練習や円滑に退院後の生活が送れるような環境設定を提供することができた。本症例や夫からは,退院後生活への心身的な準備ができ,不安が軽減したとの発言がきかれた。本症例は特徴的な高次脳機能障害によって介入に難渋したが,これらの包括的なアプローチによって症例のモチベーションを崩すことなくリハビリテーションに取り組むことができ,自宅退院に繋がったと考える。

最後に,羽柴らは,病態失認の存在ゆえに,Anton症候群を呈した脳梗塞患者への迅速な治療が遅れる可能性を指摘し21,KerkhoffはBalint症候群を呈する患者の症状が見逃されていることや誤った評価がなされている可能性を指摘している22。いずれの症候群も稀ではあるものの,特徴的な症状によりADLが大きく低下するため,さらなる理解および周知と多職種による継続した支援が必要である。

結論

今回,両側頭頂後頭葉梗塞にAnton症候群とBalint症候群の両方を合併した極めて稀な症例を経験した。特徴的な症状によりADL低下を来しており,自宅退院に向けて正確なリーチ動作と障害物への円滑な対応を目標に介入を行った。病態失認と視空間認知障害に対して,病態の受容を促しつつ,症状に対しての直接および代償的な課題の提供を行うことで自立度が向上した。自験例から,2度の家屋訪問は住宅改修やサービスの調整の他,症例のモチベーション維持や病態を受容するうえで大きな意味があったと考えている。これらの包括的な介入の結果,機能低下が残存しながらも自宅退院に至った。今後も実際の生活状況に応じた多職種による支援を継続する必要がある。

謝辞

本報告の作成にあたり,協力頂いた患者様および御家族,病棟スタッフに感謝の意を示します。

利益相反

本報告に関して,開示すべき利益相反関連事項はない。

文献
 
© 2025 日本理学療法学会連合

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