2026 年 53 巻 3 号 p. 209-214
【目的】急性期に起立性低血圧(Orthostatic Hypotension:以下,OH)を認める外傷性頚髄損傷症例に対し,症状と血圧変動に基づくリスク管理のもとリカンベントエルゴメーターを用いたActivity-based Therapy(以下,ABT)の安全性と運動量確保の観点から,安全に実施できた経過を報告する。【対象】OHを合併した外傷性頚髄損傷不全麻痺の70歳男性である。【結果】症状出現または収縮期血圧30 mmHg以上低下を中止基準,無症状かつ30 mmHg未満を継続基準としABTを継続し,有害事象なく下肢交互運動を確保し得た。1ヶ月後には標準型車椅子座位でOHを認めず,転院後早期から吊り下げ式免荷歩行練習と地上歩行練習が可能であった。【結論】急性期OH合併頚髄損傷症例において症状と収縮期血圧の低下量を組み合わせたリスク管理により,リカンベントエルゴメーターを用いたABTを安全に継続し,運動量を確保できた。
外傷性脊髄損傷の急性期には,自律神経機能障害により起立性低血圧(Orthostatic Hypotension:以下,OH)が高頻度に生じる1)。特に損傷レベルが頚髄および上位胸髄の場合,血管収縮を担う交感神経経路の中断により体位変換時の血圧維持が困難となる1)。OHは通常,起立3分以内に収縮期血圧20 mmHg以上または拡張期10 mmHg以上の低下と,めまいや失神などの症状を伴うことを指す2)。
急性期リハビリテーション(以下,リハビリ)において,高位脊髄損傷患者の74%でOHに起因する血圧低下が発生し,そのうち43%ではリハビリを中断せざるを得なかったと報告されている3)。このような中断は,一時的にベッド上安静へ戻す必要を生じさせ,1回あたりのリハビリ時間を減少させることで,急性期リハビリの妨げとなる。また,OHの存在は長期的な機能回復や日常生活動作(Activities of Daily Living:以下,ADL)自立度の達成に負の影響を及ぼす3)ことが示されており,歩行能力やADLの自立に直結しうる重要な因子といえる。
脊髄損傷における急性期のOHに対しては,腹帯や弾性ストッキングによる下肢および腹部の圧迫,起立台を用いた段階的起立練習などの非薬物療法が推奨4)されている。これらの療法は,心血行動態の改善に寄与しうると報告4)されているものの,対象数が少なく研究デザインも不均一であり,圧迫療法の有効性については根拠が乏しいと評価されている5)。
近年,外傷性脊髄損傷の急性期から,神経可塑性を促す目的でActivity-based therapy(以下,ABT)を導入することが推奨されつつある6)7)。ABTは,特定の運動課題のために神経系を再訓練することを目的として,損傷レベルより下の神経筋系を活性化する治療を指す概念である8)。ABTには下肢の反復運動を中心とした運動様式が含まれ,リカンベントエルゴメーター,機能的電気刺激エルゴメーター,免荷式トレッドミル歩行トレーニングが挙げられる。ABTは,使用依存可塑性9)を介して,脊髄損傷患者の感覚機能および運動機能の回復を促進10)し,筋力や歩行能力を改善8)11)することができる。しかし,急性期では安全性への懸念や全身持久力の低下,社会的背景の理由からABTの実装が困難であるとする報告が存在する12)。特にOHを合併している場合には,急性期にABTを導入する際のリスクがさらに高まり,どのような機器を用いたABTが有効かについては明らかでない。
今回われわれは,急性期にOHを認める外傷性頚髄損傷の1例を経験した。本例では,受傷直後からOHを合併しており,急性期にABTを実施することは困難であると予想された。しかし,急性期から下肢の反復運動量を確保する必要があり,立位および歩行練習は症候性OHにより中断リスクが高いと判断した。そこで,体幹支持が得られ,立位に比べて循環負荷を低減しつつ反復運動を実施できるリカンベントエルゴメーターを選択し,症状と収縮期血圧低下量に基づく中止基準を個別に設定した上でABTを実施した。その結果,リハビリ病院へ転院するまでの1ヶ月間,理学療法を中断することなく,有害事象も認めずに下肢の交互運動を継続することが可能であった。そこで本報告では,急性期にOHを合併した外傷性頚髄損傷症例に対し,症状と収縮期血圧の低下量を組み合わせたリスク管理のもとでリカンベントエルゴメーターを用いたABTを導入し,安全に実施し得た経過を報告する。
外傷性頚髄損傷のAmerican Spinal Injury Association Impairment Scale(以下,AIS)C(損傷高位:C3)でOHを認めた70歳の男性である。身長178 cm,体重77.8 kg,body mass indexは24.6 kg/m2であった。既往歴は糖尿病のみであった。現病歴として,電柱を見上げている最中に一過性の意識消失をきたし,前方へ転倒した。転倒直後より両手掌に力が入らず,千葉大学医学部附属病院へ救急搬送された。
初診時の頚椎Computed Tomographyでは,C3~5椎体後方に骨棘形成を認め,脊柱管前後径は狭小化していたが,明らかな椎間亜脱臼や後咽頭腔の腫脹は認めなかった(図1A)。整形外科医による神経学的評価では,AISはCであった。上肢運動スコア(Upper Extremity Motor Score:以下,UEMS)は16点,下肢運動スコア(Lower Extremity Motor Score:以下,LEMS)は23点であった。C4領域以下でLight touchおよびPin prickの低下を認めたが,仙髄領域の感覚は保たれ,球海綿体反射も正常であった(X日)。

A:頚椎矢状断CT像:C3~5レベルに椎体後縁の骨棘および椎間板膨隆を認め,脊柱管前後径の狭小化を呈している.B:矢状断T1強調MRI像:C3/4レベルで脊髄が前方から圧迫されている(矢印).C:矢状断T2強調MRI像:C3/4レベル脊髄中心部に高信号域を認め,椎間板ヘルニアによる外傷性脊髄損傷と,それに伴う髄内信号変化を示している(矢印).MRI: Magnetic Resonance Imaging.
X+1日に実施した頚椎Magnetic Resonance Imagingでは,C3/4レベルに頚椎椎間板ヘルニアを認め,前縦靱帯の連続性は保たれていたものの,同高位脊髄中心部に髄内信号変化を認めた(図1B, C)。この所見から,頚椎椎間板ヘルニアを伴う頚髄損傷と診断された。整形外科医から本例および家族に対し,保存療法による経過観察と理学療法の実施を治療方針とすることが説明され,理学療法は同日より開始した。主訴は「上下肢の脱力による体動困難」であった。理学療法評価ではUEMSが16点,LEMSは腸腰筋2/2(右/左,以下同じ),大腿四頭筋2/2,前脛骨筋3/2,長母趾伸筋3/2,下腿三頭筋3/2の合計23点であった。感覚機能はLight touchが左右ともに29点,Pin prickも左右ともに29点であった。深部腱反射は上腕二頭筋および腕橈骨筋で左右ともに軽度低下を認めた一方,大腿四頭筋および下腿三頭筋は左右ともに正常であった。ホフマン反射は左右ともに陰性,バビンスキー反射は両側で陽性であり,足クローヌスは認めなかった。筋緊張はModified Ashworth Scale(以下,MAS)で股関節,膝関節,足関節のいずれも左右0(正常)であった。起居動作は全介助を要し,ADLは機能的自立度評価表(Functional Independence Measure:以下,FIM)で48点であった(表1)。
| 初回(X+1日) | 最終(X+34日) | |
|---|---|---|
| AIS | C | D |
| UEMS(R/L),点 | 8/8 | 20/16 |
| LEMS(R/L),点 | 13/10 | 25/23 |
| Light touch(R/L) | 29/29 | 29/29 |
| Pin prick(R/L) | 29/29 | 29/29 |
| 反射 | ||
| 球海綿体 | + | + |
| 上腕二頭筋(R/L) | ±/± | +/+ |
| 腕橈骨筋(R/L) | ±/± | +/+ |
| 大腿四頭筋(R/L) | +/+ | +/+ |
| 下腿三頭筋(R/L) | +/+ | +/+ |
| ホフマン(R/L) | −/− | −/− |
| バビンスキー(R/L) | +/+ | +/+ |
| 足クローヌス(R/L) | −/− | −/− |
| MAS | ||
| 股関節(R/L) | 0/0 | 0/0 |
| 膝関節(R/L) | 0/0 | 0/0 |
| 足関節(R/L) | 0/0 | 2/2 |
| 起居動作 | ||
| 寝返り | 全介助 | 自立 |
| 起き上がり | 全介助 | 軽介助 |
| 端坐位 | 全介助 | 自立 |
| 立位 | 未実施 | 中等度介助 |
| 歩行 | 未実施 | 重度介助 |
| FIM,点 | 48 | 60 |
AIS: American spinal injury association impairment scale, UEMS: Upper extremity motor score, LEMS: Lower extremity motor score, MAS: Modified ashworth scale, FIM: Functional independence measure.
本例は,血圧値を正常範囲に戻すこと自体を目的とするのではなく,症候性OHの予防を最優先しつつ,実施可能な活動量を最大化することを目指した。具体的には,症状の出現と収縮期血圧低下量に基づく中止基準を設定し,症状を伴わない範囲で運動負荷と実施時間を段階的に調整した。一般的なOHの診断基準では収縮期血圧20 mmHg以上の低下が用いられるが,本例では無症候性の軽度低下を許容することで活動許容量を最大化することを優先し,30 mmHg低下を中止基準とした。ABT施行中のリスク管理を表2に示す。これらのリスク管理には既存の明確な基準がなく,本例では先行報告3)14)を参考にしつつ,症状を最優先する形で設定した。
| 中止基準: | 自覚症状(めまい,気分不良,視野狭窄,あくびなど)の出現,または収縮期血圧が30 mmHg以上低下した場合 |
| 継続基準: | 無症状であり,かつ収縮期血圧の低下が30 mmHg未満である場合 |
2~3分ごとに血圧を測定し,自覚症状が出現した場合には直ちに申告するよう指導した.
理学療法は週5日,1日1回実施し,1回あたりの実施時間は40~60分とした。離床時には腹帯および下腿への弾性包帯を使用し,離床前および理学療法実施中には適宜飲水を促した。運動療法は,起居動作練習に加え,ABTとしてリカンベントエルゴメーター(株式会社ダイヤコジャパン,リハビリ用リカンベントバイクMR100)および起立台でのスクワットを実施した。
リカンベントエルゴメーターによる運動療法は,背もたれに体重を預け,両手でハンドルバーを把持した座位姿勢で行った。ペダルの回転数は55~60 rpm13)を目標とし,自覚的疲労感が修正Borg scaleで6を超えないように負荷を調整した。
起立台でのスクワットは,起立角度20~30度から開始し,自覚症状の誘発がなく,かつ収縮期血圧の低下が30 mmHg未満である場合に角度を段階的に増加させた。起立台では両手でハンドルバーを把持し,膝関節の固定性を調整しながら,下肢の随意収縮を保ったスクワットを反復した。回数は50回を1セットで実施した。
X+2日,理学療法をベッドサイドより開始した。背臥位安静時の収縮期血圧は100~110 mmHgで推移していたため,端坐位練習までの離床を行った。端坐位ではめまいの自覚症状が出現し,収縮期血圧が70 mmHgまで低下したため,端坐位練習を中止し,ベッドアップ座位で休憩せざるを得なかった。
X+5日,リクライニング車椅子乗車を開始した。乗車中に収縮期血圧が一時的に70 mmHgまで低下する場面もみられたが,その際はリクライニング角度を45度まで下げることで対応し,めまいなどの自覚症状は認めなかった。
X+6日,担当理学療法士は主治医およびリハビリ科医師に対し,OHが理学療法の進行を妨げていること,ならびに今後の離床時およびABT導入時のリスク管理として表2に示す基準を用いることを提案し,了承を得た。また,OHに対する薬物療法としてメトリジンD錠2 mgが追加された。同日のLEMSは腸腰筋4/3,大腿四頭筋4/2,前脛骨筋4/2,長母趾伸筋4/2,下腿三頭筋4/2と改善を認めた。リクライニング車椅子乗車については,角度を45~90度の範囲で調整することで自覚症状を認めることなく,約60分の離床が可能となった。
X+7日,理学療法室への移動が可能となり,リカンベントエルゴメーターによる運動療法を開始した(図2A)。背もたれに体重を十分に預けた姿勢で実施し,運動負荷は5 Wとした。5分を2セットで施行し,自覚症状の誘発を認めず収縮期血圧の低下がなく実施でき,本例からも「運動している感覚がある」との発言を聴取した。

A:背もたれに体幹を預け,両手でハンドルバーを把持した姿勢でのリカンベントエルゴメーター開始時の様子.B:ペダリング中に頚部痛が出現した際,後頚部に枕を挿入して疼痛を軽減しつつ運動を継続している場面.C:左下肢筋力低下によりペダリングが不十分となったため,担当理学療法士が左下肢ペダリングを介助している場面.
X+8日,リカンベントエルゴメーターは5 Wで連続15分の施行が可能であった。実施中に後頚部痛の訴えがみられたが,後頚部に枕を挿入することで疼痛は軽減し,ペダリングを継続できた(図2B)。また,本例ではLEMSに左右差を認めたことから,開始約8分で左下肢のペダリングが不十分となり,担当理学療法士が左下肢ペダリングを介助した(図2C)。同日に起立台でのスクワットを開始した。起立角度は20~30度とし,収縮期血圧の低下や自覚症状の誘発を認めることなく,50回を2セット実施できた。
X+10日,起立台でのスクワットは起立角度50~60度で50回を2セット実施した。
X+13日,リカンベントエルゴメーターは,運動負荷が5 Wで連続15分間を担当理学療法士の介助なく実施可能となった。
X+16日,COVID-19に罹患し個室隔離となった。隔離期間中の理学療法はベッドサイドで実施し,下肢筋力増強練習,起居動作練習,立ち上がり練習,立位練習を中心に行った。
X+28日,個室隔離が解除となり,理学療法室でのリカンベントエルゴメーターおよび起立台スクワットを再開した。運動時間および負荷量はいずれもCOVID-19罹患前と同様のレベルまで実施可能であった。
X+31日,病棟内ADLはリクライニング車椅子から標準型車椅子へ変更し,OHを認めることなく病棟生活を送ることが可能となった。同日に歩行練習を開始した。4輪型歩行車を使用して重度介助で30 m実施可能であったが,めまいの訴えおよび収縮期血圧の30 mmHg低下を認めた。
X+34日,リハビリ病院へ転院した。転院時のAISはDであった。UEMSは36点,LEMSは腸腰筋5/4,大腿四頭筋5/5,前脛骨筋5/5,長母趾伸筋5/5,下腿三頭筋5/4で合計48点と改善を認めた。Light touchおよびPin prickは不変であった。深部腱反射は上腕二頭筋および腕橈骨筋で左右とも正常となった。MASは足関節で左右とも2となり,下肢遠位筋群に筋緊張亢進を認めた。起居動作は中等度介助から自立レベルへと改善した一方で,立位保持および歩行時にはめまいの自覚症状および収縮期血圧の低下が残存していた。FIMは60点へ改善した(表1)。
転院後,リハビリ病院の理学療法士から吊り下げ式免荷歩行練習および地上歩行練習が転院早期より開始可能であった旨の報告を受けた。
本例は,外傷性頚髄損傷急性期においてOHを認める状況下でも,自覚症状と収縮期血圧の低下を組み合わせた明確なリスク管理基準を設定することで,リカンベントエルゴメーターによる運動療法を安全に実施し得た症例であった。その結果,リハビリ病院への転院時までに症候性OHを回避しつつ下肢の反復運動量を確保し,離床許容量と運動耐容能およびLEMSを段階的に高め車椅子座位でのOHを克服し,転院後早期から吊り下げ式免荷歩行練習などのABTに必要となる連続した離床時間の確保,立位および歩行中の循環動態が整い円滑に移行できた。
本例から得られた知見は主に2点である。第1に,急性期にOHを認める頚髄損傷患者のリスク管理として,血圧値を正常範囲に戻すことそのものを目的とするのではなく,「症状の予防」と「活動許容の最大化」を優先することで安全に理学療法を継続し得たことである。第2に,リカンベントエルゴメーターが急性期のABTの一手段として有用である可能性を示した点である。
急性期にOHを認める頚髄損傷患者のリスク管理として,臨床現場ではOHに対する理学療法の継続または中止の判断を収縮期血圧の数値に依存しやすい3)。しかし,実際に理学療法中断の直接の要因となるのは低灌流に伴うめまいや気分不良,視野暗黒感などの自覚症状である。本例では,2~3分毎の血圧および症状評価を行い,「症状出現時には即時中止」「無症候で収縮期血圧の低下が30 mmHg未満であれば継続」という明確な基準を設定した。なお,一般的なOHの診断基準では収縮期血圧20 mmHg以上の低下が用いられるが2),本例では無症候性の軽度低下を許容しつつ活動許容を最大化する目的で,中止基準を30 mmHg以上低下に設定した。その結果,無症候性の軽度収縮期血圧低下のみを理由とした過度な中断を避けつつ,急性期から下肢交互運動を伴う十分な運動量を確保できた。OHには無症候性と症候性が存在する1)14)。前者は血圧低下を認めるが自覚症状を欠き,後者はめまいなどの症状を伴う。理学療法領域では,収縮期血圧の低下量のみを基準に運動の継続可否を判断することが少なくないが,本例のように「症状を最優先とし,症状を予防しつつ活動許容を最大化する」という考え方は,先行報告3)14)の推奨とも整合的である。無症候性かつ軽度の収縮期血圧の低下はモニタリング下で許容し,症状出現を中止基準とすることは,安全性を担保しながら運動量と運動強度を確保するうえで合理的であると考えられる。本例では途中,COVID-19罹患に伴う個室隔離という外的要因による一時中断を経験したが,同一のリスク管理に基づき理学療法を再開できた。このことは,本例において,急性期から亜急性期に至る経過を通じて同様のリスク管理を継続し得たことを示しており,同様の状況における運動実施判断の一助となる可能性がある。
リカンベントエルゴメーターが急性期のABTの一手段として有用である可能性を示した。下肢の交互運動を可能とする各種エルゴメーターはABTの一つ7)15)として利用されており,本例もその臨床的有用性を補強する1例といえる。急性期の外傷性脊髄損傷における歩行トレーニングは,神経可塑性の観点から早期導入が推奨7)15)される一方で,歩行トレーニングの原則(特異性・量・強度)16)に照らすと,急性期OHの存在下で歩行といった特異性の高い課題を優先すると,OHによる中断が増え,結果として運動量と強度を十分に確保できない危険がある。そのため,急性期から課題特異性の高い歩行練習を全面的に実施することは必ずしも現実的ではなく,歩行トレーニングそのものを急性期から十分に行うことが困難である12)。一方,急性期OHに対する理学療法手段として,起立台は用いられている17)。起立台は受動的に直立位を保持し,立位特異的な荷重負荷を安全に導入できる利点がある。しかし,傾斜角度の増加に伴い自覚症状と収縮期血圧の低下を引き起こしやすく17),その都度中断や角度調整を要するため,連続した運動量および強度を確保しにくい。そのため,起立台は立位耐性や代償的立位保持の獲得には一定の有用性を有するものの,連続した有酸素運動や能動的筋収縮を伴う理学療法としては限界があると考える。本例の場合,受動的な起立台での立位練習ではなく,下肢筋活動を促す目的でスクワットを併用した。これは自覚症状を認めず,立位および抗重力下での下肢伸展活動という点で課題特異性は高かった。しかし,反復回数や連続施行時間には筋疲労や安全面からの制約があり,十分な運動量と強度を確保するには不十分と判断した。そのような背景のもとで,リカンベントエルゴメーターは,傾斜角度や座位姿勢を調整しながら,OHを予防しつつ運動量と強度を段階的に増量できるため,筋機能および循環機能の基盤を整える上で有利であったと考える。リカンベントエルゴメーターの有用性は,その生理学的機序にも裏づけられる。リカンベント位は立位や高座位に比べて重力による下肢への血液貯留が少なく,静脈還流が保たれやすい可能性がある14)。さらに,下肢の交互運動により筋ポンプが作動すると静脈還流が増加し,心拍出量が維持されやすくなる18)。その結果,全身循環が安定し,連続した有酸素運動が可能であったと考えられる。
一方で,リカンベントエルゴメーターは歩行トレーニングの特異性を代替するものではない。最終的な歩行能力の獲得には,吊り下げ式免荷トレッドミル歩行や地上歩行練習など,歩行パターンそのものを再学習させる特異的トレーニングが不可欠である19)。その意味で,本例におけるリカンベントエルゴメーターの位置づけは,特異性を犠牲にする代わりに運動量と強度を確保し,筋と循環基盤を整える前段階の手段と捉えるのが妥当と考える。今後は,複数症例を対象とした症例シリーズや対照群を設定した研究により,急性期の外傷性脊髄損傷におけるリカンベントエルゴメーターの有効性と安全性を検証していく必要がある。
本報告の限界として,単一症例であり一般化には慎重を要する。また対照条件がなくABTの有無による比較はできない。さらにOHに対して薬物療法が追加されており,その後の離床許容量や運動負荷の増大には薬物療法の影響が含まれる可能性がある4)14)。しかし,本例では運動の効果と薬物療法および自然回復の影響を分離して評価できていない。
本例は,歩行練習が実施可能な身体機能を有していたにもかかわらず,OHのためにそれらの実施が制限されていた症例である。このような条件下において,明確なリスク管理のもとでリカンベントエルゴメーターを用いて連続的に運動量と強度を確保した結果,筋力および筋持久力の底上げと循環耐性の改善を後押しした可能性がある。
本報告に対して,多大なご助言をいただいた千葉大学大学院医学研究院整形外科学の大鳥精司教授に深謝申し上げる。
本報告を行うにあたり,本例には目的,得られたデータおよび画像等の利用について十分な説明を行い,書面で同意を得た。実施にあたり得られたデータは数値化し,個人が特定されないように配慮した。
本論文に関して,開示すべき利益相反はない。